アジェンデ政権の終焉を迫ったドキュメンタリー映画『チリの闘い 武器なき民の抵抗』


2K restoration and digitization with the support of the CNC
(French National Centre of Cinema)
世界中で社会主義国家が暗躍する昨今、私達は今、その脅威に晒されている。ヨーロッパでは、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻(ロシアウクライナ戦争)は、今年で4年が経とうとしている。2023年パレスチナ・イスラエル戦争は、2023年10月7日に発生し、イスラム組織ハマスの戦闘員がガザ地区からイスラエル南部へ奇襲攻撃を仕掛けた事により大規模な戦闘が始まった(パレスチナ・イスラエル戦争は、社会主義国家絡みの紛争ではなく、土地と民族自決を巡る複雑な政治的・歴史的紛争ですが、宗教的な側面が深く絡み合っている割合が大きい)。また、東南アジアでは過去にカンボジアが、1970年代にポル・ポト政権(クメール・ルージュ)が長い間、独裁政権として暗躍し、1980年代後半まで続いた。また同時期の1962年のミャンマーでは、ネ・ウィン政権が推進した「ビルマ式社会主義」が特徴的で、国有化と鎖国政策を通じて国家主導の経済運営を目指した。ミャンマーでは現在、2021年の軍事クーデター後の混乱が続き、実質的な軍事政権下にあり、社会主義体制ではないが、民主化は後退し、経済は低迷、政治的・社会的な不安定さが深刻化しているのが現状だ。他にも、アフリカ大陸にあるウガンダの代表指導者のイディ・アミン元ウガンダ大統領の政権は、明確な社会主義思想に基づいたものではないが、経済の「ウガンダ化」と呼ばれる民族主義的経済政策が特徴だった。政治的独裁と人権侵害を行ったアミン政権は、国民の大量虐殺(「ブラック・ヒトラー」と呼ばれ)や激しい独裁政治で知られ、彼の政治手法は特定の政治思想よりも恐怖と権力維持に重点が置かれた。また、アフリカ社会主義においては、植民地後のアフリカ諸国で西洋の資本主義に対抗し、アフリカ固有の共同体主義的伝統を基盤に国家建設を目指した開発型社会主義の総称である。主な社会主義思想や指導者には、農業共同体を基盤とし、自給自足と平等を目指したタンザニアのウジャマー社会主義。伝統的共同体精神を重視したセネガルの社会主義的人道主義。マルクス主義をアフリカの文脈で解釈するならば、ガーナのアフリカ的マルクス主義があり、有名な指導者にはタンザニアのニエレレ、ガーナのエンクルマ、マリのモディボ・ケイタなどが代表的人物だ。そして日本を含むアジア諸国では、中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国が挙げられる(どちらも社会主義とは程遠い共和思想や民主主義を国名に標榜しているのにも関わらず社会主義体制の国家は嘆かわしい)。一方で、南アジアのバングラデシュでは昨年、学生を中心に若い世代の若者達が反旗を翻し、民主化の道へ一歩踏み出した。ただ今でも多くの国々が、社会主義かそれに準ずる独裁政権を敢行し、各国の民衆が権力に屈服させられる現状に辟易する感情を抱くだろう。ドキュメンタリー映画『チリの闘い 武器なき民の抵抗』は、75年製作の第1部「ブルジョワジーの叛乱」(96分)、76年製作の第2部「クーデター」(88分)、78年製作の第3部「民衆の力」(79分)の3部作となる超大作。東西冷戦下の70年代、チリでは選挙で選ばれた社会主義政権の誕生を3部構成の長編ドキュメンタリーだ。

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(French National Centre of Cinema)
1970年代のチリで、一体何が起きていたのか?ざっくり言えば、当時のチリは選挙で選ばれた社会主義政権が誕生し、「反帝国主義」「平和革命」を掲げて世界的な注目を集めた時代。また、その改革路線が国内の保守層やアメリカ政府などとの間に軋轢を生み、国民たちの生活が困窮した。これは、社会主義政権の誕生から隆盛、衰退という結果に見舞われた末路を表面的に説明した一文だ。チリにおける70年代に起きた社会主義思想の運動を内面的に捉えた時、その時、チリ国家の政治はどのように動いていたのだろうか?同監督の別作品では、社会主義を支持する民衆と批判する民衆の対立を捉えたドキュメンタリーも制作しており、この時代のチリが如何に政治的混迷と対立の只中にいたのが、よく分かる。1970年代のチリは、民主的に選ばれた社会主義政権が軍事クーデターによって倒され、長期にわたる軍事独裁政権へと移行するという、激動の政治的混迷期(※1)に突入していた。1970年代のチリは、民主的に選出された社会主義政権が軍事クーデターによって打倒され、長期に渡って軍事独裁政権へと移行した結果、激しい政治的混迷の時代に迷い込んだ。 1970年、サルバドール・アジェンデ政権が発足。サルバドール・アジェンデは、政党連合「人民連合」を基盤に大統領選挙に出馬し、当選。1970年〜1973年の3年間、チリは政治・経済の混乱期に突入する。アジェンデ権は、主要産業の国有化や農地改革などの急進的な社会主義政策を推進。これらの政策は、チリ国内の保守派や中間層からの強い反発を招いた。ニクソン政権下、アメリカ合衆国は、チリが「第二のキューバ」になる事を恐れ、CIAを通じて反アジェンデ勢力への資金援助や、トラック輸送業者による長期間のストライキなど、妨害工作を行った。 1973年以降は、軍事クーデターとピノチェト独裁政権が樹立 。1973年9月11日、アウグスト・ピノチェト将軍率いるチリ軍部は、アメリカの支援を受けて軍事クーデターを敢行した。これにより、1932年以来続いていたチリの民主主義体制は崩壊した。その後、軍事独裁政権下の人権弾圧が激化した。ピノチェト政権下では、左派勢力や反体制派に対する激しい弾圧が行われ、数万人が投獄され拷問を受け、3000人以上が殺害または行方不明となった。この時期のチリは、政治的混乱から一転して、鉄拳支配による「暗い夜」の時代(※2)を経験する事になった。 映画は、この時期に起こったチリの政治的混乱をタイムリーにも、その時の生の姿を捉えている。カメラが見据えるその先にあったのは、その混乱の中で右往左往する国家、政治、国民たちのその時代の姿を目撃する事になる。
世界では、軍事独裁政権下や社会主義思想の台頭、政治的撹乱によって、民族や民衆による分断や対立が勃発している。それは、国や地域、時代に関わらず、あらゆる場所や年代は関係なく、人々がより良き社会の在り方を求める限り、政治的闘争はこれからの未来にも起こりうる。先に挙げたロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・パレスチナ紛争(ガザ地区問題)、米中対立、中国や北朝鮮など、国内政治の分断と緊張(※3)が今現在2026年になった今も続いている。他には、アフガニスタン、シリア、ソマリア、イエメン、ナイジェリア、コンゴ民主共和国など、世界各地で高強度の紛争や内戦(※4)が続いており、多数の犠牲者や難民が発生しているのが現状だ。一つ前の20世紀には、今でも傷跡が残る2つの世界大戦と一つの革命と一つの冷戦が発生している。20世紀という時代は、人類史上前例のない規模の戦争と、それに続くイデオロギー的政治的闘争によって特徴づけられる「戦争の世紀」(※5)と呼ばれた100年だった。私達人類には、必ず学ぶ過去の大戦がある。一つ目は、1914年から1919年の5年間続けられた第一次世界大戦。2つ目、続く1939年から1945年の間に起きた第二次世界大戦。第一次世界大戦には、1917年にロシア革命が発生。第二次世界大戦終結後には、1989年頃まで冷戦が続いた。1970年代には、ベトナム戦争が起き、世界の歴史は戦争で成り立っていると言っても過言ではないほど、小休止も入れずにずっと戦争が起き続けている。第一次世界大戦は、ドイツ・オーストリアなどの同盟国と、イギリス・フランス・ロシアなどの連合国の対立を主軸とした大規模な戦争。第二次世界大戦は、ヨーロッパ、アジア、太平洋など世界中に戦域が広がった人類史上最大の戦争であり、数千万人の犠牲者を出した。この戦争では、ファシズム勢力と連合国側の間で戦われ、戦後の国際秩序を形成する決定的な要因となる。ロシア革命は、第一次世界大戦の最中にロシア帝国で発生した革命であり、ロマノフ朝が打倒され、世界初の社会主義国家であるソビエト連邦が誕生した。これは、20世紀後半の世界政治に大きな影響を与えた紛争となった。1980年代後半まで続いた冷戦は、アメリカを中心とする資本主義陣営とソビエト連邦を中心とする社会主義陣営による激しい対立となった「冷たい戦争」と呼ばれる。20世紀における世界大戦での対立は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン紛争など、世界各地の地域紛争に代理戦争へと発展し、世界経済に大きな影響を及ぼし、爪痕を残した。20世紀における第二次世界大戦後の影響で、非植民地化と独立運動によるアジアやアフリカの多くの植民地で独立運動が激化した。たとえば、1947年のインド反英闘争と独立(1947年、インドとパキスタンの分離独立を伴う)はその代表例だ。また、今も続くパレスチナ問題は、20世紀の頃から摩擦が起きており、イスラエル建国とそれに伴うイスラエル人とパレスチナ人の間の領土・政治的紛争は、21世紀現在も解決が難しい問題の一つ。 ここで挙げた世界的闘争は、帝国主義、ファシズム、共産主義、民族主義といった様々なイデオロギーが複雑に絡み合った戦争や内紛だ。この時代の大戦は、20世紀の国際政治の軌跡を形作ったと言ってもおかしくない。また、20世紀は、第一次世界大戦や第二次世界大戦のような大規模な戦争以外にも、数多くの小規模な政治的紛争や内戦が世界各地で発生した時期でもあり、この複雑な歴史的政治的背景が今の時代の紛争や闘争に繋がっている。規模の大小は関係なく、認知度が低い社会闘争には1899年から1902年のボーア戦争、1919年から1921年のアイルランド独立戦争及び1922年から1923年のアイルランド内戦、1954年から1962年のアルジェリア独立戦争、1948年から1960年のマラヤ危機や1952年から1960年のケニア危機など、植民地から独立を図った対立の紛争が上記にあたる。また冷戦時代には、様々な代理戦争も発生した。年代順に追って行けば、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン・ソ連戦争、スエズ危機、フォークランド紛争が代表的だ。世界大戦から外れた民族地域間の紛争には、インドとパキスタンが衝突したカシミール問題、北アイルランドの帰属を巡る北アイルランド紛争、ユーゴスラビア連邦の解体と民族主義の高まりにより発生した1990年代のボスニア戦争、コソボ紛争など、政治、経済、主義思想、民族、地域など、人々は様々な場面で激しく衝突を繰り返して来た。まさに、衝突の歴史であり、紛争やクーデターの時代だ。これらの「小さい紛争」(※6)は、犠牲者の数や影響が世界大戦ほどではないとしても、地域や関係国にとっては甚大な被害と長期的な政治的影響を与え、冷戦下の代理戦争や植民地からの独立運動、あるいは民族・宗教間の対立に起因する争いを何度も繰り返し、国民同士の軋轢を生んで来た。 ドキュメンタリー映画『チリの闘い 武器なき民の抵抗』を制作したパトリシア・グスマン監督は、2000年に受けたあるインタビューにて本作が持つラテンアメリカにおけるドキュメンタリー映画の発展と市民として映画監督として、チリをどう見ているかの問いについて、こう話す。

グスマン監督:「ドキュメンタリー映画の発展が遅れているのは、その主な支えとなっているテレビ局が時代遅れだからです。時代遅れで商業的、そして往々にして不朽の名作で、安っぽい笑いのサーカスと軽薄な娯楽に過ぎません。そのため、ほとんどの番組では、世界をより分析的に見つめるドキュメンタリー映画を放送していません。この点で私たちは困っています。もし番組が変わらなければ、私たちはどこから制作資金を捻出できるのでしょうか?私たちは闘うことができます。今日では、アマチュアカメラやビデオカメラを使って、わずかな資金で映画を制作し、映画祭に出品したり、文化省、教育省、コミュニティセンター、社会福祉団体に販売したりすることができます。私たちは物事を動かすことはできますが、それで生き残るのは難しいでしょう。時が経てば、テーマ別チャンネルと呼ばれるような、異なるチャンネルが必ず現れるでしょう。また、ドキュメンタリー映画監督として(今後のチリの発展は)、ある程度の希望はあります。FORNDARTは資金を他のラテンアメリカ諸国よりも公平に配分しているからです。おかげで小規模なドキュメンタリーを制作できるというのは、とても励みになります。ですから、私たちの状況はそれほど悪くはありませんが、思っているほど悪くはありません。国民として、ある国の視点から見ると、信じられないほど気が滅入ります。人々が笑顔を見せず、慌ただしく動き回らなければならず、政治問題について話すと、過去の出来事が次々と蘇ってくるのを見るのは。ここで感じる緊張感は、ここ(コロンビア)で感じる緊張感よりもはるかに大きいです。チリではインフレは全くなく、あってもごくわずかです。経済見通しも概ね良好で、ラゴス氏が大統領に就任します。彼は進歩的な社会民主主義者です。社会民主主義が長続きしないことは承知していますが、何かが起こるでしょう。確かに、笑顔になるべきことはたくさんあります。しかし、ここの人々はチリよりもはるかに活気に満ちています。ここは政治的にも経済的にも未来のない国です。国家機構は崩壊し、ゲリラは道を見失い、政治家は腐敗し、麻薬取引が横行しているにもかかわらず、人々はより活気に満ちています。どうしてそんなことが起こり得るのでしょうか?人間関係はチリよりも難しいのです。見知らぬ人に話しかけると、人々は怯えて顔を背けます。私たちはジレンマに陥っている、分析もしていないトラウマを抱えているという印象を受けます。フレイとアジェンデの時代からリベラルな精神を取り戻しておらず、対話の精神を失っているのです。」(※7)と話す。21世紀における今後のチリの未来の発展を願うグズマン監督が見つめた1970年代の政治的混乱は、同国の歴史や政治経済に大きな影を落としたと同時に、市民に国家としての発展を願える機会やチャンスを与えた。私達が今ここで生きる事は、与えられたチャンスであり、人生だ。グスマン監督が、カメラを通して見つめた世界は、チリの成長を心より願う市民の熱き姿だ。映画は、チリ・クーデターや軍事的混乱を批判するのではなく、その時代に生きたチリ国民の囁かな抵抗を通して、国への希望や発展をポジティブに願う事への尊さと輝きを現代に存在する私達人類に訴えかけている。
最後に、ドキュメンタリー映画『チリの闘い 武器なき民の抵抗』は、75年製作の第1部「ブルジョワジーの叛乱」(96分)、76年製作の第2部「クーデター」(88分)、78年製作の第3部「民衆の力」(79分)の3部作となる超大作。東西冷戦下の70年代、チリでは選挙で選ばれた社会主義政権の誕生を3部構成の長編ドキュメンタリーだ。3部構成の4時間半という上映時間は少し重荷に感じるかもしれないが、この作品に関してはドキュメンタリーであっても、これぐらいの時間は必要だ。いや、足りないぐらいチリが直面した時代的困難は語り足りない。政治的に複雑な社会を辿っているのは70年代のチリ本国だけではなく、現代においてはアジア諸国の政治的混乱は今後の動向さえも注目しなければならない問題だ。日本では、新しい国のトップとなった初の女性首相の高市氏が年末に発言した台湾と中国を巡る一連の出来事(※8)は、今後のアジアの動きにどう影響するのか経過観察が必要となるだろう。中国と台湾の関係における台湾有事の問題(※9)は、同時に注視しなければいけない事案であり、日本が関係ないとは言いにくい立場にある。中国の習近平大統領が、2026年の新年の挨拶で語った「台湾統一」(※10)への意欲に対して、世界は危機感を覚えている。ロシアウクライナ戦争以降、世界では社会主義国家が暗躍しているのは事実だが、1970年代にチリ社会を変革させた「武器なき民の抵抗」という平和革命は、戦争の起きない社会を作る一歩であるなら、私達は武器を持たずして、どこまで言葉で平和を実現できるかが問われている。この未来の先も、政治的民族的混乱が続く事は容易に想像できるが、ただ今年2026年が少しでも平和の年になる事を心から祈らずにいられない。

ドキュメンタリー映画『チリの闘い 武器なき民の抵抗』は現在、公開中。
(※2)チリでデモ行進 、ピノチェト軍政の犠牲者を追悼 クーデターから39年https://www.afpbb.com/articles/-/2899955?act=all(2026年1月2日)
(※3)2026年、世界はこう動く 編集局長と国際エディターが示す針路 5日に生配信https://www.nikkei.com/live/event/EVT251118001(2026年1月3日)
(※5)世界大戦、民族紛争…20世紀の不幸は「国民国家」がもたらしたhttps://www.njg.co.jp/post-39452/(2026年1月3日)
(※6)紳士の国イギリスが起こした、あまりに「非人道的な戦争」とは?https://diamond.jp/articles/-/317823?_gl=1*1mlqtqt*_ga*YW1wLXgxZGFNQnQ2N0V6V25mUHlFT0xFaW8xdW14YjdBM3NHV3NTTC1DT0tFZnZxaG5oNFpleG0yVnNUeGRRb180cFo.*_ga_4ZRR68SQNH*MTc2NzM3MzE3NC4xMi4xLjE3NjczNzMxNzUuMC4wLjA.(2026年1月3日)
(※7)“Un país que no tiene Cine Documental es como una familia que no tiene álbum de fotografías”.https://www.rchav.cl/2004_4_ent02_yanez.html(2026年1月3日)
(※8)【解説】 高市首相の台湾をめぐる発言、なぜ中国を怒らせたのかhttps://www.bbc.com/japanese/articles/c4gpy0j0rqgo(2026年1月3日)
(※9)<年のはじめに>「台湾有事の前年」にしないために 論説委員長 榊原智https://www.sankei.com/article/20260101-X2FP43ZQMBJJPFOGAJ3UB53SE4/(2026年1月3日)
(※10)「同胞の血の絆は水より濃い」 習氏、新年あいさつで台湾統一に意欲
https://www.asahi.com/articles/ASTD043JJTD0UHBI00LM.html(2026年1月3日)