景観も、人生も、これからが美しいドキュメンタリー映画『大地に詩を書くように』


あなたは、まったく聞き慣れない造景家と言う言葉を聞いた事あるだろうか?造景家とは、庭園、公園、都市空間など、緑地空間を計画・設計する「景観の作家」。この業界には、造景家と似た職種がたくさんある。たとえば、造園・植栽管理に関する職種には、庭師、植木屋、造園工、グリーンキーパーがある。設計や計画に関する職種には、ガーデンデザイナー、ランドスケープアーキテクト(景観設計家)がある。また、植物に関わる専門職種には、樹木医、農業、林業、グリーンコーディネーターなど、様々な職種に分かれている。この中でも造園家は、ガーデンデザイナー、ランドスケープアーキテクト(景観設計家)、グリーンコーディネーターが近い存在と言えるが、各々によって役割は違うと言える。土地や空間を上手に利用して、多くの樹木や花々を植え、その場所の空間に自然の彩りを添える。単に自然に溢れた空間にするのではなく、その場所に集う人々の憩いの場となり、心を癒し、病を治し、地域住民が交流できる空間の創造を目的にしている。ドキュメンタリー映画『大地に詩を書くように』は、韓国の世界的造景家チョン・ヨンソンに迫ったドキュメンタリー。都心の中のオアシス「仙遊島(ソニュド)公園」、韓国初の生態系公園「汝矣島(ヨイド)セッカン生態系公園」、過去と現在をつなぐ「京春線・線路跡の林道」、ソウルの「峨山(アサン)病院」など、韓国を代表する素晴らしい景観を数多く手がけてきた造景家チョン・ヨンソン氏の長年に渡る多大なる功績を追う。公園はもう、子ども達の遊び場に過ぎず、誰でも集える空間を目指した居場所を作る事を目標に据えている。

韓国の造景家事情は、どうなっているのか日本人には分からない。この映画では、造景家としてのチョン・ヨンソン氏の長い活動歴に焦点を当てているが、彼女に影響を与えた造景家や彼女が育てた若き造景家が存在しているのだろう。まず、世界的著名なチョン・ヨンソンの哲学的造景思想を植え付け影響させた特定の人物はいないとされる。彼女の自然への哲学は、韓国の伝統的な自然観や土地の歴史と記憶、生態系との調和に深く根ざしていると言われ、ヨンソン氏の頭の中にある造景哲学に影響を与えた背景や要素には、様々なものが挙げられる。彼女の幼少期の経験には、 果樹園の孫として育ち、幼い頃から植物が好きで、身近な存在であった。この頃の体験が、自然に対する深い理解と愛情の基盤となっているのだろう。また、高校時代には詩人への憧れを抱き、詩人になる事を夢見ていた時期もあったそうな。彼女の文学的素養が、生涯に渡る人生のテーマ「大地に詩を書くように」と表現されるのだろう。この要素が、彼女の芸術的な造景スタイルに影響を与えている可能性がある。そして、造景家であるチョン・ヨンソン氏が考える韓国の自然と歴史に対して、単なる都市部の緑化ではなく、造景を通して、その土地固有の歴史や記憶、生態系を尊重し、未来へと継承して行く事に重きを置いている。これは、特定の人物から直接学んだというより、彼女自身の自然に対する深い洞察と韓国的な美意識の探求から生まれ、韓国本来の風土や文化から培われた哲学であると考えられる。

韓国だけでなく、世界的造景家は他にもたくさんいると考えられる。たとえば、ここ日本にも古い時代から庭師として活躍した歴史的人物がいたのも確かだ。ただ「日本三大庭師」(※1)という公式な選定は聞かれないが、庭園の歴史において功績の大きい代表的な庭師として、夢窓疎石、小堀遠州、小川治兵衛の名前を挙げる場合がある。この3名の庭師は、それぞれ異なる時代において、禅寺の庭園、茶道の美意識、そして近代的な日本庭園の発展に大きく貢献したと考えられている。夢窓疎石は、14世紀の禅僧であり、庭師としても活躍した人物。特に、禅寺の庭園を数多く手掛け、その後の花開いた庭園文化に大きな影響を与えたとされる。小堀遠州は、17世紀に活躍した武士であり、茶人の顔も持ち、洗練された「綺麗寂び」の美意識を庭園に取り入れた日本の歴史における中期の庭師。小川治兵衛は、「植治」として知られる明治・大正時代の庭師。西洋の要素も取り入れた近代日本庭園の先駆者として、特に「無鄰菴」や「平安神宮」など、多くの作品を残した近代における非常に重要な庭師だ。他に、重森三玲や飯田十基など、庭師として名前が残っている歴史上の人物が存在する。ただ、「庭師」は、特定の時代や分野に限定されるものではなく、時代とともに様々な名工が活躍して来た。 今の世にも、庭園を通して人々の憩いの場を作るプロが活躍する。現代の日本で著名な庭師(※2)には、スウェーデン人の村雨辰剛氏がいる。日本の文化に憧れを抱き、弱冠23歳で来日し、造園界と運命的な出会いを果たし、現在はプロの庭師としてテレビやラジオでも活躍する。今はもう、日本の造園は国内だけでなく留まらず、国や国籍を越えた存在になっている。また日本や韓国以外では、英語圏のアメリカやイギリスという視点で考えれば、英国における庭園の世界が気になるところだ。イギリスにおけるランドスケープの専門資格は、英国王立ランドスケープ協会 (Landscape Institute, LI) が認定する専門資格 (Chartered Membership)が必要となる。これは日本の「登録ランドスケープアーキテクト(RLA)」と同様、国家資格ではなく、業界団体による専門家認定制度となる。大学でランドスケープデザインや関連分野を学び、実務経験を積んだ上、「英国ランドスケープアーキテクト協会(LI)」の会員資格を得られる。イギリスのランドスケープには、「イングリッシュガーデン(風景式庭園)」(※3)が代表とされ、人工的に自然の景観を再現する手法が特徴的だ(日本や韓国とは真逆の考え)。自然の美しさを活かすため、湖や丘を造り、曲がりくねった小道(回遊式庭園)を巡るデザインが有名だ。「イングリッシュガーデン(風景式庭園)」における主な特徴には、自然の風景を再現を意識し、庭園を「自然のまま」ではなく、「自然らしく」見せる事を重視した作りとなっている。また、広大な敷地と回遊式においては、湖や丘、森を造り、それらを巡って景観を楽しむ回遊式庭園の様相が主流のイギリス式庭園。もう一点、人工的な仕掛けにおいては、人工的に造られた洞窟や泉、アーチ状の橋、廃墟を模した建造物が配置される事がしばしばある。そして最後に、「自然らしさ」の追求には、樹木を刈り込まず、自然のままに伸ばし、池を自然に溶け込ませるなど、自然の造形を大切にする風潮がある。イギリスで有名なストウ・ランドスケープ・ガーデンズは、ケイパビリティ・ブラウンがデザインした代表的な風景式庭園となる。多くのモニュメントや寺院が自然と一体化し、人々を楽しませている。他には、小道の脇にハーブや小花を植え、アーチ状のバラをあしらうデザインも特徴的の一つ。 イギリス式庭園の歴史的背景には、18世紀頃、それまでの整形式庭園に代わって発展したとされる。過去には、造園家ウィリアム・ケントやランスロット・ブラウンらが活躍し、英国における自然風景式庭園の様式を確立した。 イギリスには、庭園において他に様々な考え方があり、イングリッシュガーデンはイギリス式庭園の総称として使われる。ピクチャレスク・ガーデンには、自然風景を絵画のように見立てた庭園を指し、風景式庭園とほぼ同義。そして、ランドスケープ・ガーデンは、イギリスで発展した風景式庭園を指す言葉。自然の風景を再現することに焦点を当てた庭園を言う。

最後に、ドキュメンタリー映画『大地に詩を書くように』は、韓国の世界的造景家チョン・ヨンソンに迫ったドキュメンタリー。都心の中のオアシス「仙遊島(ソニュド)公園」、韓国初の生態系公園「汝矣島(ヨイド)セッカン生態系公園」、過去と現在をつなぐ「京春線・線路跡の林道」、ソウルの「峨山(アサン)病院」など、韓国を代表する素晴らしい景観を数多く手がけてきた造景家チョン・ヨンソン氏の長年に渡る多大なる功績を追うが、単に彼女の長年の活動を賞賛しているだけの映画ではない。今現在、チョン・ヨンソン氏が造景の世界、そして、その未来に何を託して行こうか、彼女の強い意思や願いが感じられる。チョン・ヨンソン氏は映画の中のインタビューにおいて「私は、そろそろ引退の歳になる。やり残した事がないと言えば嘘になるが、引退を考えている。けれど、一つやり残し事があるとすれば、それは今まで人の手で作られて来た造景の世界を自然に返すこと。生物学的生態学的側面から自然に造景の世界を返し、自然や植物達が己の力で造景を形作る活動がしたい。」と未来への想いを造景家として託している。日本では戦後から近年にかけて、都市開発がどんどん進む世の中となり、新しい街、新しい建物、新しい家、新しい住民が都市部や衛星都市に流入する時代となっているが(その逆に、地方に移住する選択を選ぶ人もいる)、人が移り住むにはその土地の開発が必要となる。新しい土地を開発するには、様々な問題がある。17項目あるSDGsの中にある「住み続けられるまちづくり」という目標があり、これを未来にどう残して行くのかが都市開発における要になっている。私自身が居住する街においても、今、超高層マンションの建設が進んでいる。私の家の最寄り駅前には、他に2つの巨大ニュータウンのマンションと近代的超高層タワマンが各々数十年前に建設されており、それでも沿線部への都市開発が2025年現在でも進められている。マンションの建設を通して、私はグリーンインフラ(※4)への設備投資が必要だと、この映画を通してでも感じられる事ができる。都市部の開発を通して、街の緑化がますます必要になるだろう。そんな時、チョン・ヨンソン氏が話す「造景を自然の力に返す」が同時に必要となり、私達自身が生活の中で自然と緑や植物達に対して意識できる考え方が根付く未来が訪れて欲しい。人々が安心して集える場所のその先には、自然溢れる緑いっぱいの未来が待っている。

ドキュメンタリー映画『大地に詩を書くように』は現在、公開中。
(※1)【日本の有名な庭師は?】著名な庭師5名の歴史をわかりやすく解説!https://zoen-uekiya.com/syukyaku/column/uekiya-fundamental-syukyaku-column/niwashi-yumei/(2025年11月20日)
(※2)スウェーデン出身・日本庭園の庭師 伝統の世界に魅せられ発見した 日本の〝美〟の本質とは 村雨 辰剛さんTATSUMASA MURASAMEhttps://www.dinos.co.jp/everythinghasastory/monogataribito/interview46.html#:~:text=2015%E5%B9%B4%E3%81%AB%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E7%B1%8D,%E3%83%90%E3%83%87%E3%82%A3%E3%80%8F%EF%BC%88NHK%EF%BC%89%E3%81%AA%E3%81%A9%E3%80%82(2025年11月20日)
(※3)イギリス・ガーデンの魅力を世界に知らしめた天才造園家ケイパビリティ・ブラウンhttps://www.british-made.jp/stories/weekend/201611170010554#:~:text=%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%81%AE%E9%AD%85%E5%8A%9B%E3%82%92,%E5%AE%B6%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%20%7C%20BRITISH%20MADE(2025年11月20日)
(※4)都市問題とは何? 日本や世界の都市の現状と問題を解説https://eleminist.com/article/3475(2025年11月20日)
(※4)グリーンインフラとは 取り入れるメリットや課題、事例を紹介https://www.asahi.com/sdgs/article/15024633(2025年11月22日)