ドキュメンタリー映画『ジョン・バージャーと4つの季節』思想や哲学の中に眠る

ドキュメンタリー映画『ジョン・バージャーと4つの季節』思想や哲学の中に眠る

抵抗の種は、生活の中に。ドキュメンタリー映画『ジョン・バージャーと4つの季節』

©2015 The Derek Jarman Lab

©2015 The Derek Jarman Lab

あなたは、どんな晩年を過ごしたいか?あなたは、どんな四季を過ごしたいか?人生の一つ一つの区切りの中で、私達が過ごす時間の断片。巡る季節が、私達の人生を物語る。何度、四季が巡れば、歳を重ねるのか。何度、季節が過ぎれば、時間が経るのか。思想と哲学、生と死、戦争の記憶、人間と動物、政治とアート、太陽と月、あらゆる側面で過ぎる時間を鑑みても、人生の答えは未だに見つからない。文化的抵抗を通して、「小さな声」「声なき声」に耳を傾けるアーティストたち。芸術は、受け取る者に多くを望まない。ただそこにいて、観る側に何を感じさせるか託すだけ。アートは、どんな型にもはまらない自由な存在。空間に存在して、人の目には見えない感動を与える存在。その2つの声の中には、人の心に届かない思想、哲学、政治、社会、人生に関する叫びや訴えが詰まっている。弱き人間の小さき声、声なき声の中には、芸術の魂に宿る。4つの季節が巡りながら、世界の中にある森羅万象の事象と芸術が私達の人生や生活を彩らせる。ドキュメンタリー映画『ジョン・バージャーと4つの季節』は、イギリスを代表する名作家ジョン・バージャーの晩年の姿に迫ったドキュメンタリー。どれだけ名誉と地位、富に富んだ人生だったとしても、自身の人生の最期に選ぶのは安住の地。

©2015 The Derek Jarman Lab

映画の舞台となるフランスのカンシー村は、一体どこにあるのか?カンシー村は、フランスのロワール地方サントル・ニヴェルネ地区の一部だ。ロワール地方(※1)とは、フランス中部から西部にかけて広がる地方で、ロワール川流域を中心に、美しい古城やブドウ畑が点在する風光明媚な地域。ユネスコの世界遺産に登録され、「フランスの庭」と呼ばれるフランス屈指の名地。ワインの名産地としても知られ、特にソーヴィニヨン・ブラン種を使った白ワインが有名。またサントル・ニヴェルネ地区(※2)は、ロワール河の上流、まさにフランスの中央にあたる地区で、緩やかな丘陵地帯にブドウ畑が広がる。このロワール地方サントル・ニヴェルネ地区の中にカンシー村は、位置する。サントル・ニヴェルネ地区に位置するカンシー村の季節は、他の地域と同様に、海洋性気候の影響を受け、夏は涼しく、冬は寒さが厳しいのが特徴的。日照時間が長く、海からの涼しい風がブドウの生育を助け、繊細なワインを生み出すのに適した環境と言われる。ワインだけでなく、自然、文化、歴史、食、アクティビティなど、色々な魅力が溢れた地域。春のカンシーは、雪解け水が小川を流れ、新緑が芽吹く美しい季節。ハイキングやサイクリングで自然を満喫できる。花々が咲き誇り、各地でマルシェ(市場)が開催。地元産の新鮮な食材を味わえる。穏やかな気候によって、冬の冬眠から覚めた動物達が、アルプスの高原を走り回り始める。命の芽生えを想起させる春の息吹と対照的に、「人間と動物」そして人の「死」に対して深く考えさせるカンシーの春のはじまり。夏のカンシーは日中は暖かく、ロワール川での水遊び、ブドウ畑の散策が楽しめる。街の中心部では、様々なイベントやフェスティバルが開催され、カヌーやカヤックでロワール川を下り、サイクリングで周辺を散策できる。春から夏に季節が移り変わる中、カンシーの夏はアートにおける政治的介入について考える。暑い日差しが照り付ける中、混迷を極める現代にて、社会をより良い方向に進めるには、私達は人々に何をどう伝える必要があるか考えたい。

©2015 The Derek Jarman Lab

カンシーの秋は、ブドウ畑が色づき、美しい紅葉が出始める時期。葡萄の収穫祭が各地で開催され、ワイン造りの様子を見学できる。葡萄の収穫を通して、私達は生命の不思議と“いま”を生きる事の大切さを学ぶ。双方が互いを見つめ合い、親から子へ思想が受け継がれる本作の主題とも言える両者の「聞き方」への返答が準備される時期。これは、パリからカンシーに続く旅程の道のりのように、親子間、夫婦間、家族間だけでなく、次世代に繋ぐ思想と哲学のバトンを表する秋のカンシー。今を生きる子ども達の視点からジョン・バージャーが生きた時代の物語が紡がれる。ロワール地方サントル・ニヴェルネ地区のカンシー村の秋が深まるシーズン、次の世代への芸術伝達、文化伝達、政治伝達、厭戦思想の伝達が始まろうとする。そして最後に、カンシーの冬が訪れる。カンシーの冬は、比較的穏やかな気候で、散歩やハイキングが楽しめる。文化では、クリスマスマーケットが各地で開催され、温かい雰囲気の中で地元の特産品が売買される。暖炉のあるレストランでは、地元の料理とワインを楽しめる。そんな雪で閉ざされた冬のカンシーで、戦争と歴史の記憶が語られる。戦後80年という時の重みが、私達の思想に重く押し寄せる。次の80年に向けて、次世代の子どもや大人達に何を伝え残して行けるだろうか?カンシーの冬の寒さが、時に私達に問い掛ける。戦争が与えた悲劇、戦争が起こした事実、戦争を通して語られるのは、あの日に全世界の人類が負った痛みと苦しみ。その感情を次世代に引き継がない継承を次世代の人類に渡して行かなければならない。それが、この世の今を生きる私達人類の課題だろう。ドキュメンタリー映画『ジョン・バージャーと4つの季節』に関して、2020年4月20日にHE Courtauldianに掲載されたエレン・ワン氏によって書かれた記事のレビューに拠れば(一部抜粋)。

©2015 The Derek Jarman Lab

「4人の監督によって制作された『クインシーの四季』に収められた4つのポートレートは、非線形で、それぞれが独特のスタイルを示しています。この「相互関係性のポートレート」は、むしろバーガーの晩年の私生活の断片を通して彼の思想に触れ、探求する一連の出会いの連続のように感じられるでしょう。 人間は常に二つの時間の間にいる。短い死すべき時間とと…そして、心が発明し、構築する壮大な物語の時間。しかし、同じ心は時間を解体し、元に戻すこともできる。それは、記憶するとき、予見するとき、音楽を聴くとき、夢を見るとき、そして物語を語るときに起こる。「昔々…」   体…そして彼の心が作り出し、構築する壮大な物語の時間。しかし、同じ心は時間を解体し、元に戻すこともできる。それは彼が思い出す時、予見する時、音楽を聴く時、夢を見る時、そして物語を語る時、起こるのだ。「昔々…むかしむかし。」」(※3)と評している。これは、ある種の壮大なお伽話や伝承でもあるが、最もしっくり来る言葉は言い伝えだ。次の世代に語り継ぐ為の星達の囁きだ。カンシーの村から見た真冬の夜空には、満点の星達が輝いている事だろう。その星々の囁きは、ジョン・バージャーが説く生と死、戦争の記憶、人間と動物、政治とアート、太陽と月、思想、哲学、社会、美術、戯曲、人生に対する弱き者達の「小さき声」「声なき声」を代弁しているようだ。

©2015 The Derek Jarman Lab

最後に、ドキュメンタリー映画『ジョン・バージャーと4つの季節』は、イギリスを代表する名作家ジョン・バージャーの晩年の姿に迫ったドキュメンタリーだが、非常に実験性の高い本作はジョン・バージャーの晩年だけを捉えた作品ではなく、彼自身が後世に何を伝えようとしているのか、受け手は考える必要がある。ジョン・バージャーが幼少期の頃に経験した第一次世界大戦と太平洋戦争における彼の遠い記憶は、どれだけ歳を重ねても、遠いままではなかった。遠い記憶の彼方にぼんやりと仄かに見えるものは、彼が幼少の頃に体験した戦争の傷跡だ。日本だけでなく世界は今(戦争に加担した国)、太平洋戦争の終結から数えて、同時に終戦80年(※4)を迎えようとしている。今は亡きジョン・バージャーが2025年現在の世界を見た時、何を思うだろうか?世界では、ロシア・ウクライナ戦争が起き、パレスチナとイスラエルにおけるガザ地区問題が勃発し、今現在、アジア周辺国におけるアジア危機が囁かれている。世界はどこも安全な地域はなく、いつどこで戦争が起きてもおかしくない緊張状態が続いている。ジョン・バージャーが持っていた戦争に対する悲惨な記憶は、今、現実的なものとして継続している。次の80年後の未来における世界規模の戦争危機(※5)に対して、私達はどう働きかけて行けば良いのか、その答えはジョン・バージャー本人の思想や哲学の中に眠っているのかもしれない。

©2015 The Derek Jarman Lab

ドキュメンタリー映画『ジョン・バージャーと4つの季節』は現在、一部の劇場にて公開中。

(※1)ワイン産地を知ろう!ロワールhttps://www.enoteca.co.jp/article/archives/4076/#:~:text=%E3%81%B4%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%8A%E3%81%AE%E6%96%99%E7%90%86-,%E6%B0%97%E5%80%99%E3%81%A8%E9%A2%A8%E5%9C%9F,%E3%81%AB%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%B5%84%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2025年7月9日)

(※2)Centre Nivernais(サントル・ニヴェルネ地区)https://firadis.net/tellme_wine/centre-nivernais/?srsltid=AfmBOoqhYZRkRAaG6VndBC8pN9XeLW7t8DvZGXQIAcvJ7R_qKdby0CJS(2025年7月9日)

(※3)The Seasons in Quincy: Four Portraits of John Bergerhttps://www.courtauldian.com/single-post/the-seasons-in-quincy-four-portraits-of-john-berger-1(2025年7月10日)

(※4)<戦後80年>私たちは何を学ぶべきか―日本の戦争と戦後を振り返る記事6選https://wedge.ismedia.jp/articles/-/36186?layout=b(2025年7月10日)

(※5)戦後80年、デジタルの力で次の世代へ 「未来に残す 戦争の記憶」の取り組みhttps://news.yahoo.co.jp/newshack/inside/wararchive_20250307.html(2025年7月10日)