TV映画『Surviving: A Family in Crisis』


悲劇は、いつも隣にある。いつ何時、その悲劇が襲って来るか分からない。悲しみは、必ずある日突然、訪れる。何の前触れもなく、ある時、あなたの隣にそっと寄り添う。どれだけ振り払おうとしても、頭の中でずっと暗い影を落として来る。10代という若い年齢の世代は死は、人々の心に重く覆い被さる。誰もその悲しみをどこに向けて良いか分からず、感情だけが常に空回りする。悲しみを悲しみで覆い、不帰の客の無念を祈ろうともせず、哀傷の念を抱えたまま、ただ泣き喚くか心を閉ざして塞ぎ込む。1985年制作のテレビ映画『Surviving: A Family in Crisis(サバイビング:危機に瀕した家族)』は、内向的なロニー・カーソン(モリー・リングウォルド)と社交的なリック・ブローガン(ザック・ギャリガン)が恋愛関係になるが、両親がその関係に反対し、それが両方の家族に影響を与える悲劇に繋がる物語。本国アメリカでは、現代版『ロミオとジュリエット』と評されたテレビ映画だ。監督は、映画『小さな恋のメロディ』のワリス・フセイン。脚本は、テレビ映画『ジャクソンズ:アメリカン・ドリーム』などを執筆したジョイス・エリアソン。撮影は、映画『トレマーズ』のアレクサンダー・グルシンスキー。テーマ音楽作曲家には、ジェームズ・ホーナーがそれぞれ担当。出演には、既に当時からベテランであったエレン・バースティン、レン・カリウ、マーシャ・メイソン、ポール・ソルヴィノを周囲の大人役に配置し、主演には当時のYAスター(ヤング・アダルトスター)のモリー・リングウォルド。共演には、映画『グリムリン』主演のザック・ギャリガン。他に、映画『ポルターガイスト』シリーズの末娘役のヘザー・オルークや世界中で爆発的な人気が出る前のリバー・フェニックスらが参戦。当時若手だったモリー・リングウォルドやザック・ギャリバンと共演したヘザー・オルークやリバー・フェニックスの若かりし頃を観れるのは貴重だ。10代の自殺というあまりにもセンシティブな内容に落ち込みたくなる時もあるだろうが、この作品が制作された1985年から数えて40年以上が経過したが、今でも若者の自殺問題は社会で議論され続けている。

本作『Surviving: A Family in Crisis(サバイビング:危機に瀕した家族)』には原作が存在し、小説化を担当した作家はエリザベス・フォーチャーだ。自殺問題を題材にした本作は、若者の死について、ふと立ち止まって考えたくなる要素が詰まっている。絵に書いたような幸せを味わう2組の家族が、それぞれの子どもの行動を心配していた。健康的なリックの家庭と内傷的なロニーの家庭は、どこにでもいる1980年代当時のアメリカ中流家庭のごく一般的な生活だ。けれど、普通の幸せの向こうには家族の悲しみが待っている。なぜ、2人は亡くならなければならなかったのか、その答えは見つかるはずもない。1980年代におけるアメリカの自殺は、データはどうなっているのだろうか?当時、アメリカの自殺者数は、1981年から1998年にかけて、7~17歳の青少年100万人につき、毎年29人が自殺している。7~17歳の青少年の年間自殺率は1988年に100万人あたり34人でピークに達し、同年の男性は100万人あたり50人、女性は100万人あたり17人というデータが発表された。1987年に発表された論文「The emergence of youth suicide: an epidemiologic analysis and public health perspective」では、「1950年から1980年にかけて、15歳から19歳の白人男性の自殺率は305%増加し、20歳から24歳の白人男性の自殺率は196%増加しました。銃器が使用された自殺の割合も著しく増加しており、特に若い男女で顕著でした。」(※1)とあり、80年代における米国の若者達の死因には、自殺が大いに関係しており、当時の社会問題と言っても過言ではない。若者を取り巻く環境は、いつでも変わりはなく、孤独や麻薬、いじめなど、自身の生活環境を脅かす存在に心が侵された瞬間、緊張の糸が切れ、自殺という結末を選んでしまう。同じ80年代の日本での自殺問題は、どのように取り上げられていたのだろうか?日本の社会の中での自殺に対する見方は、昔の日本の自殺に対する考え方は「自殺する奴は弱い人間だ」「自ら勝手に死んだんだ」(※2)と、自己責任論や個人の問題として捉えられており、自殺する人に対する世間の風当たりは冷たかった。日本社会で国民が国に対して自殺問題の解決を訴えて、やっと重い腰を上げたのが2000年以降に入ってからだ。それまで、世間での自殺行為が認められていない風潮を醸し出し、「自殺=悪」という世間的見解に翻弄された。自死する人が悪いという考え方を払拭できるようになったのは、恐らくここ数年の間だ。現実問題、日本で自殺者が急上昇したのは80年代より90年代後半(※3)が増えたと言われている。その背景には、一般的にバブル崩壊後の景気低迷が影響していると判断されている。1980年代において若者の自殺がクローズアップされた事件は、1986年4月にアイドル事務所の屋上から飛び降り自殺をした元アイドルの故岡田有希子の死(※4)はファンの後追い自殺も相俟って、その時代のワイドショーやニュース番組を陣取った。報道の加熱さも批判対象にも遭い(当時は、岡田有希子の飛び降り直後がカメラで押さえられ、報道されたり雑誌に掲載された)、若者たちの後追いに対して様々な問題が浮上した出来事であった。また、同年1月に発生した「中野富士見中学いじめ自殺事件」では、日本社会で初めていじめ問題が報道で取り上げられただけでなく、10代の若者達の自殺の現状についても議論される機会にもなった。自殺した少年が最後に遺した遺書の内容「このままじゃ、生きジゴクになっちゃうよ」は世間に衝撃を与え、お葬式で遺族が泣きながら、棺桶を出棺する場面が報道カメラで撮影されたのは驚きを隠せなかった。プライバシーやコンプライアンスなんて、なかった時代は若者の死に対してもやりたい放題だったのだろう。

最後に、テレビ映画『Surviving: A Family in Crisis(サバイビング:危機に瀕した家族)』は、内向的なロニー・カーソン(モリー・リングウォルド)と社交的なリック・ブローガン(ザック・ギャリガン)が恋愛関係になるが、両親がその関係に反対し、それが両方の家族に影響を与える悲劇に繋がる悲劇の物語だ。毎日、どこかで若者達が自ら自殺を選ぶ。電車に飛び込むか、マンションから飛び降りるか。または、大量の薬を飲み込んでオーバードをして最後は死に至る。若者の自殺ん問題は、いつの時代も同じだ。その時代に生きる大人達は、若者達の痛みと向き合わないといけない。そして、どう良い方向に傾か取り組まないといけない。私達大人が、子どもの命を守らないといけないのに、守れる程の度量と力がなければ、子ども達は大人の手から容易に離れて行ってしまう。子ども達の命を救えるのは、目の前にいる大人達だ。

少し余談だが、この作品の主役は、ザック・ギャリガンだったが、後に業界での人気がギャリガンからフェニックスに移り変わり、本作のビデオを制作した頃にはビジネス界における上下関係が変わっていた。ビデオソフトのパッケージには、主人公でも何でもない出演後に人気者となったリバー・フェニックスの宣伝写真が使われた。1993年のVHS版のボックスカバーは『悲劇』と改題された。モリー・リングウォルド演じる主人公はザック・ギャリガンだったが、1993年にはリヴァー・フェニックスがギャリガンのスターダムを凌駕し、VHS版のプロモーションで主役に抜擢された(そして明らかに映画の公開から数年後に撮影された写真も掲載された)。」

(※1)The emergence of youth suicide: an epidemiologic analysis and public health perspectivehttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/3580062/(2026年1月7日)
(※2)自殺対策の歩みhttps://jscp.or.jp/overview/history/(2026年1月7日)
(※3)蔓延する「うつ病」と企業社会–98年から自殺者急増、景気低迷が背景にhttps://toyokeizai.net/articles/-/7972?display=b(2026年1月7日)
(※4)40人を超える若者が後追い自殺…人気アイドル・岡田有希子(享年18)の死に見た「過熱報道の危うさ」 『スターの臨終』より #6https://bunshun.jp/articles/-/76594?page=1(2026年1月7日)
(※5)過去最多の「いじめ自殺」は防げないのか…元文部官僚が絶望した、日本の学校システムに隠された「残酷すぎる構造的欠陥」https://gendai.media/articles/-/162015?page=2(2026年1月7日)
