悲劇を真の平和の実現のためにドキュメンタリー映画『私は憎まない』
私達人類は、これからの未来に対して、憎しみを憎しみだけで終わらせてはいけない。憎しみが生まれるその矛先には、憎しみしか生まれないからだ。日本のことわざに「罪を憎んで人を憎まず」「人を思うは身を思う、人を憎むは身を憎む」があり、憎しみや苦しみの先には結局、同じ感情しか生まれない。また、人を憎しみを持つのではなく、事実としてある事象を憎む事に注力する言葉が、今でも残されている。パレスチナとイスラエル間のこの深い問題は、ただ人と人との間で憎しみ恨み辛みを増幅させるだけで、戦争をしても何も生まれはしない。にも関わらず、人々は暴力で、暴言で、戦闘で、武装で解決しようとする。その結果が、現在の通りであり、解決どころか、関係性は悪化の一途を辿っているに過ぎない。そんな両国の関係性の只中の2023年11月、ネットユーザーの呼び掛けからパレスチナ人とイスラエル人の間の分断を国民レベルで解消しようとする試みが行われた(※1)。ドキュメンタリー映画『私は憎まない』は、3人の愛娘を殺されながらも共存の可能性を信じ、平和と人間の尊厳を追求するガザ出身の医師イゼルディン・アブラエーシュ氏に迫ったドキュメンタリーだ。憎しみからは、何も生まれない。イゼルディン・アブラエーシュ氏医師は、それを一番分かっている。だから、彼はどんな結末になろうとも、イスラエルとパレスチナ両国、その上、全世界の共存を目指している。
世界には、2019年現在(少しデータは古いが)、1億400万人の保健医療従事者数が存在すると推定された。そのうち、1280万人が医師、2980万人が看護師・助産師、460万人が歯科関連職、520万人が薬剤関連職という数字が発表され、人口1万人当たりの医師数は16.7、看護師・助産師数は38.6あると言われている(※2)。この算出された数字が多いのか少ないのか、まったく持って、皆さんは分からないだろう。そんな私自身も医療に携わっていないので、これが多いのか少ないのか未知数だ。だが、2019年に数字化され、2022年に発表されたこの報告に関して、医療業界では医師640万人がまだ不足している状態だと言う。2022年なんて、非常に直近的な話だろう。今、世界では医療危機、医療崩壊がカウントダウン、秒読み直前だ。また、戦争や飢餓、危険な地域で活動する国境なき医師団(MSF)のスタッフ数は、2023年で約5万2,000人。また、日本事務局によれば、約70人の職員が在籍している(※3)。安全で平和な日本で医療従事者の多い少ないと議論している間に、今日もパレスチナのどこかで命を落とす市民や子ども達がいる事を忘れてはならない。また、世界にはどこの医療団体にも所属せずにフリーで働く個人事業主の医者もいる。たとえば、東大医学部を卒業後、どこの医局にも属さず、フリーランスの救急医として世界を飛び回っている青山剛氏や20年近くアジアの途上国に通い、無償で治療を続けているフリーランスの歯科医師として活動する岩田雅裕氏など、日本の医者が海外で活躍する(※4)。こうした災害現場や紛争地、医療が発展していない発展途上国へと赴き、自身の力で活動し、傷を負った多くの人々を助けている。この何万人という医療関係者の中にイスラエルで活動するアブラエーシュ氏もまた、続く戦禍の最中、必死に産婦人科医として日々、医療と向き合い奮闘している。世界は今、医療業界に何を求めているのか?医療業界は今、世界に何を求めているのか?
イスラエルで働く医療関係者は、アブラエーシュ医師以外はいない。彼は、劣悪な環境で幼少期を過ごし、この生活苦から賢くならなければ、社会から淘汰されると考え、子どもの頃から必死に勉学に励み、イスラエルで初めてのガザ出身医療従事者として活動を始めている。イスラエルには、他にも優秀な医者が、日頃から患者や病だけでなく、戦争的背景と向き合いながら、医療に従事する。たとえば、イスラエルのヘルズリヤ医療センターに勤務するマイケル・ヨナック博士、テルアビブ ソウラスキー メディカル センター – イチロフ病院に勤務するメイア・ケステンバウム博士やD.エフド・フレッシュ医師、イスラエルのテルアビブに在住のズヴィ・コーエン博士、イスラエルのラマトガンにあるシバ医療センターに勤務するジェフリー・M・ハウスドルフ博士やアラム・スモレンスキー博士、イスラエルのテルアビブにあるアスタ病院に勤務するアロン・フリードランダー博士(※5)達が活躍する。一方で、パレスチナにもまた、優秀なドクター達が多数、在籍している。たとえば、一般外科のハリル・アッザム、一般内科のオスマン・アハメッド、小児科医のアクラム・サーデ博士、眼科医のファフミ・アブドラ、自然医学のダーデル・オワイサット博士、耳鼻咽喉科のガネム・ムスタファ医師達(※6)がいる。イスラエル、パレスチナに関係なく、多くの医療従事者達が日夜、空爆に遭いながら、他国から敵視されながら、必死に小さな尊い命を未来に繋げようと医療に携わっている。映画『私は憎まない』を制作したタル・バルダ監督は、あるインタビューにて本作の制作経緯やアブラエーシュ医師について、こう話している。
バルダ監督:「私はイスラエルの公共テレビでアブラエーシュ博士の物語を知っていましたが、人権弁護士である姉を通じて彼の物語の深さを知りました。私はただ彼のことを書こうと決めたのです。彼の素晴らしい物語にも関わらず、誰も彼についての長編ドキュメンタリーを作っていなかったことに驚きました。イスラエルで長年紛争が続く中、私は常に変化を起こしたいと思っていました。私にとって、映画やドキュメンタリーを作ることは、その変化を起こすための手段です。紛争の激しい地域に住んでいると、希望を与えてくれるものにしがみつきます。アブラエーシュ医師のストーリーとカリスマ性に私は引き込まれました。彼は自分のストーリーを超えて、自分の経験が他の人にどう影響するかを理解しています。彼は自分に起こったことには理由があるはずだと信じており、自分のためだけでなく他の人のためにも活動することを選んでいます。」(※7)と話す。もしかしたら、今のガザ問題に関して、この作品やアブラエーシュ医師の存在が、より大きな存在として示されている事に注力され、その重要性について再認識させられる事だろう。どれだけ苦境に立たされても、希望を忘れないアブラエーシュ医師は、「憎しみの連鎖」を断ち切ろうと奮闘する。だから、映画の原題も邦題も『私は憎まない(I Shall Not Hate)』なのだ。それでも、パレスチナやイスラエルに住む現代の若者にとって、このガザ問題はただただ「憎しみ」でしかないという事を忘れてはいけない。この問題に関して、現地の当事者である20代の若者2人に取材を行った。今、この映画で最も大切な事は、現地に住む人々の生の声に耳を傾ける事だろう。今回は、2人の許可を得て、ここに掲載する。
イスラエルに住む20代の青年は、このように話す。
一般男性:「私は政治や激しい会話を避けようとしている事が多いので、何が起こっているのかについては詳しく話せません。ただ、私と私の家族は、イスラエルの現首相を支持しません。10月7日に攻撃が起こった開戦当時、人質を救うために報復して戦おうとするのは合理的だと私は思いましたが、その時の考えは少し行き過ぎだったと思います。政府は、人質を返すことに興味すらないようです。私の家族は、毎週抗議活動を行っていますが、ハマスの主要人物をすべて倒した後、私の意見では、人質の返還がこの戦争で残された唯一の解決の方法です。また、私は両国間の平和を願っていますが、それが現実的に実現するとは思えず、特に同じ国に共存する事はできません。今年以降、パレスチナとイスラエルの間には不和が多く発生しています。ここに住むアラブ人は皆、安全を感じていません。平和への唯一の道は、ハマスの代わりに第三者がパレスチナを管理し、彼らの資源が我々を攻撃する事に費やされるのではなく、人々の生活を改善するために確実に費やされる事を強く願っています。」と青年は話すが、イスラエルが今置かれている状況に関して、「敵視」されていると話し、なぜ若者達が戦争に翻弄されなければいけないのか考えて欲しい。
またパレスチナ側の20代女性にも話を聞けた。彼女は、言葉少ないが、それでも、今パレスチナがおかれている状況、彼女自身の切実な想いを綴ってくれた。
一般女性:「言いたい事が多過ぎて、どう答えていいか分かりません。しかし、私はイスラエルが決して好きではありません。戦争や空爆で亡くなった子供達は、なぜ死ななければならなかったのでしょうか?彼らのせいでしょうか?また、イスラエル人によるパレスチナ捕虜の扱いは、殴打や拷問によるものです。しかし、私達の国はイスラエル捕虜にあらゆる敬意を持って接し、彼らを傷つけることはありません。なぜなら、私たちはモラルを持って接しているからです。でも、私は夢を持っている20歳の女の子です。しかし、この戦争の状況は私に何もすることを許しません。死ぬ前に、私は自身の夢を叶えたいと本気で思っています。」
あなた方には、イスラエルとパレスチナに住む若者達の心の叫びが、聞こえますか?あなた方には、何が見えますか?彼ら民間人や学生、若者を敵視しても、何も始まらない。彼らもまた、歴史や戦争に翻弄されている現代の犠牲者であり、被害者だ。残念ながら、当然のように私達には今の世界情勢を変える事はできない。日本社会にもさえ、変化をもたらす事はできない。それでも、日本の子どもや若者、パレスチナやイスラエルに住む子どもや若者の未来を保証できる社会や世界を作らなければならない。子ども達が、若者が、安心して自身の夢を追える環境を作り、整えて行く事が大切だ。それでも、「あなたはどちらの味方?」という少女のこの質問には、今でも胸に刺さるものがある。
ドキュメンタリー映画『私は憎まない』は、3人の愛娘を殺されながらも共存の可能性を信じ、平和と人間の尊厳を追求するガザ出身の医師イゼルディン・アブラエーシュ氏に迫ったドキュメンタリーだ。本作を配給するユナイテッド・ピープル株式会社の代表の関根健次氏は、今ガザやイスラエルで起きている「憎しみの連鎖」について、こう話している。氏は、1999年に同国に訪れてからずっと、どうすれば「憎しみの連鎖」を断ち切ろれば良いのか考えていた。平和への期待感が高まったオスロ合意の後、絶望してしまった子どもとも出会いました。眼の前でイスラエル兵に叔母さんを殺された少年は、復讐を誓っていました。いわゆる「憎しみの連鎖」(※8)の当事者との出会いでした。憎しみの連鎖は、今なお続いている。私が話を聞いた若者もまた、「イスラエルが嫌い」「イスラエルは他国から敵視されている」とネガティブな言葉が散見される。「憎むな」と伝えても、今の現状は憎むしかなく、それならば、今は憎み続けて憎み続けて、いつかその憎しみが心から晴れる日が来る事を、私は世界の片隅で願うしかない。また日本の京都では、遠く祖国を離れて、パレスチナの平和を祈るパレスチナ人が経営するパレスチナ料理店が注目されている。その店のオーナーのマンスール・スドゥキさんは、ガザ問題に際して「人間世界じゃない。表せる言葉がない。多くの人がなくなり、赤ん坊や子どもが食べるものがない。薬もない。早く(攻撃を)やめてほしい。早く。兄は武器も何も持っていなかったのに撃たれた。兄だけでなく、こんなことが、同じことが毎日起きている。一番つらい。このことは必ず記事にしてほしい。」(※9)と懇願したと言う。遠い日本の地から祖国パレスチナの平和を願う人もいる。最後に、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は、2年目を迎えるガザ地区への残忍なイスラエルの侵略を踏まえ、パレスチナ支持の表明として、人工知能技術を利用して制作されたパレスチナの大義を支持する歌のビデオクリップを公開した(※10)。この楽曲を聴きながら、この章を終わりにしたいと思う。
ドキュメンタリー映画『私は憎まない』は現在、公開中。
(※1)فلسطينيون وإسرائيليون يمدون “جسورا لنبذ الكراهية” من لندن – التايمزhttps://www.bbc.com/arabic/articles/c142vwnjvn5o(2024年12月10日)
(※2)UHC目標達成には世界で医師640万人が不足https://sp.m3.com/clinical/open/journal/26518#:~:text=2019%E5%B9%B4%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE,%E3%81%AF38.6%E4%BA%BA%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%82(2024年12月11日)
(※3)国境なき医師団とは 世界中、医療が届かない人びとのもとへ駆け付けるhttps://www.msf.or.jp/about/#:~:text=2023%E5%B9%B4%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%80%81%2074,%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%83%E3%83%95%E3%81%8C%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82(2024年12月11日)
(※4)「自分の信じた道を」 フリーランスの救急医 信念を胸に現場へhttps://www.msf.or.jp/news/expat/detail/interview-10.html(2024年12月11日)
(※5)أفضل الأطباء في إسرائيل: استشارات
الفيديو عبر الإنترنتhttps://medigence.com/ar/doctors/all/all/israel(2024年12月12日)
(※6)الدليل الطبي دليل الطبي هو دليلك لجميع الأطباء والأخصائيين في العالم العربيhttps://altibbi.com/%D8%A7%D9%84%D8%AF%D9%84%D9%8A%D9%84-%D8%A7%D9%84%D8%B7%D8%A8%D9%8A/%D9%81%D9%84%D8%B3%D8%B7%D9%8A%D9%86/%D8%AC%D9%85%D9%8A%D8%B9-%D8%A7%D9%84%D9%85%D8%AF%D9%86/%D8%A7%D8%B7%D8%A8%D8%A7%D8%A1/%D8%AC%D9%85%D9%8A%D8%B9-%D8%A7%D9%84%D8%AA%D8%AE%D8%B5%D8%B5%D8%A7%D8%AA(2024年12月12日)
(※7)Doc Edge 2024: I Shall Not Hate | Interview of Tal Bardahttps://film-fest-report.com/doc-edge-2024-i-shall-not-hate-interview-of-tal-barda/(2024年12月12日)
(※8)ガザ出身医師、アブラエーシュ博士を日本に!https://unitedpeople.jp/ishall/2024japanmsg#:~:text=2024%E5%B9%B48%E6%9C%8826,%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E4%BB%A3%E8%A1%A8%E5%8F%96%E7%B7%A0%E5%BD%B9%20%E9%96%A2%E6%A0%B9%20%E5%81%A5%E6%AC%A1(2024年12月12日)
(※9)京都市上京区に「泣けるんだよ…」激賞のパレスチナ料理店誕生 巧みなスパイス、風土にじむ直伝の味わいhttps://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1385358(2024年12月12日)
(10※)أردوغان يشارك أغنية داعمة لفلسطين تشعل مواقع التواصل الاجتماعيhttps://marebpress.net/news_details.php?sid=206239(2024年12月12日)