今も昔も変わらない国同士の格差と埋まらない溝を盛り込んだ映画『ラ・コシーナ 厨房』


アメリカン・ドリームは、本当にあるのだろうか?誰もが自身の成功を夢見て疑わず、人生の大成を求めて、大都会に移住する。海外なら、アメリカのニューヨークやカリフォルニアでの成功を夢見る米国圏外の人々。日本国内なら、東京の大都会で自身の夢を掴もうと、故郷を後にして、大都会東京の土を踏む若い若人達。でも、大陸移動する大半の人間が自らの大きな夢を掴み切れず、夢破れて夢半ばに挫折する。アメリカン・ドリームや自身が持つ大きな夢を叶えられる人間は、全体のほんのひと握りだ。それ以外は、腐るか折れるか、祖国に強制帰国させられるか、移民がアメリカン・ドリームを掴むのは相当な努力が必要だ。それは、日本国内も同じで、国外に強制退去させられなくても、夢を掴めなかった夢追い人は皆、夢破れて自身の生まれ故郷に帰るか、目指した夢とは違う人生を歩んでしまうか、夢を叶え人生が大成する人は海外でも国内でも、ほんのひと握りという点は類似している点だろう。だれもが夢を見ても、誰でも簡単に夢を叶える事はできない。映画『ラ・コシーナ 厨房』は、スタッフの多くが移民で構成されたニューヨークの観光客向け大型レストランで織り成される人間関係と先進的なニューヨークの街とアメリカンドリームを求めて滞在する移民たちの姿をユーモラスかつ痛烈に描いたドラマ。ニューヨークのレストランの一日は、長い。朝から晩まで忙しなく働く労働者の未来は、多事多難の連続だ。

ニューヨークのレストランの朝は、早い。営業開始時間の平均は、朝10時頃だが、朝食を提供している店は朝8時頃から開店している。ニューヨークの多くのコーヒーショップでは、早朝6時からコーヒーを飲む事ができ、このぐらいの時間帯のオープンが平均的だ。また、終日24時間営業している店は珍しくなく、眠らない街ニューヨークは様々な楽しみ方があり、早朝に何かしたい時も、夜に出かけたい時も、いつでも何か新しい事が見つかる。それが、ニューヨークという街だ。24時間オープンしている店で今でも営業していて人気の店は、ダイナー24、雲南ライスヌードルハウス、ヴェセルカ、コッペリア、エンパナーダ・ママ – ヘルズ・キッチンなどが有名で、様々な国の食文化に触れる事ができるのもまた、ニューヨークという街の魅力だろう。その一方で、ニューヨークのレストランでは、事件が絶えない。先日、ブルックリンのレストランにてギャング抗争による銃撃戦(※1)が起きたばかりだ。また、多くのレストラン客から4億5000万円相当被害を出した犯人が、逮捕される事件(※2)が2021年に起きている。この作品の物語の大半を占めているのは、従業員による売上の着服に対するスタッフ達の疑念を描いているが、これと同じような事件が実際にニューヨークで起きている。報道されるほどなので、規模の大小に違いはあるが、レストランオーナーとその家族はニューヨーク市の請負業者から横領した大金(※3)と言われている。また少し変わった事件と言えば、性犯罪に問われていた富豪のジェフリー・エプスタイン被告と元大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタイン被告が、過去に常連だったレストランの経営者が二人の座った椅子(※4)を燃やして、すべての顧客に見せしめた出来事だ。ニューヨークのマンハッタンやブルックリン、クイーンズ、ブロンクスでは、大小関係なく、常に話題が事欠かせない。変化が毎日訪れるニューヨークは魅力の詰まった楽しい街ではあるが、一方で治安も悪く、移民が多い地区だと殺伐とした雰囲気も出る。そんな街に住むアメリカン・ドリームを夢見る移民達は、どんな想いで暮らしているのだろうか?

2025年現在におけるニューヨーク市に暮らす移民達の現状は、どうなっているだろうか?この点を紐解いて行けば、メキシコ人移民の日々の暮らしが見えて来るだろう。ニューヨーク市に生活の拠点を置いている移民は、総人口の36.8%以上を占め、人口の約310万人が移民と言われている。世界の中でどの国の移民が多いのか統計で示すと、まずドミニカ共和国、中国、メキシコ、インド、ジャマイカなど、多種多様な国からアメリカ大陸に渡り移住している。その次に、近頃、中央アメリカや南アジアからの移民が増加傾向にある。多くの移民は英語に堪能ではないにも関わらず、英語での意思疎通が怪しい移民のほとんどが、長期間ニューヨークに居を構える。移民の多くは経済的に厳しい状況に直面しており、過密な住宅環境やアメリカ市民の2倍近くの割合で健康保険未加入者がいる問題を抱え、アメリカ社会が今、これらの課題に深く直面している。ニューヨークでは、人種によってフラッシング(中国系)、ワシントンハイツ(ドミニカ系)、ジャクソンハイツ(南アジア系)など、様々なコミュニティが形成されている。他に、バングラデシュやパキスタンなど、非常に多彩な国から移民が流れ着いている。移民のメリットは、労働力と消費だ。ニューヨーク市の労働階級の約43%が移民というデータが出ており、経済活動の活性化に大きく貢献している。その結果、経済活性化が進み、移民の増加は働き手と消費者の増加に直接的な繋がりに直結しており、経済の需要と供給の両面から活性化が産まれている。その一方で、移民問題に対して常に議題として出るデメリット(※6)は多くあり、たとえば、不法移民の増加による社会不安、自国民の雇用機会の減少や賃金の低下、文化的な対立の増加、そして社会保障費の増大など、移民を受け入れる国側の経済的負担の増加が挙げられる。特に不法移民は、貧困や虐待のリスクが高く、社会の不安定要因を占め、社会インフラへの負担増加も指摘されている負の連鎖の象徴だ。雇用の減少・賃金低下によって、自国民の雇用が奪われ、全体の賃金水準が低下する可能性があると指摘されている。社会保障費の増加が起きれば、年金、医療保険、生活保護などの社会保障制度への負担が増え、経済的な負担が増えると危惧されている。公共サービスへの過度の負荷で、学校、医療、インフラなど、公共サービスへの需要が高まり、結果的に社会への負担が増加する。社会や治安面での悪影響を考えると、移民の流入が治安悪化に繋がる恐れがあり、移民が劣悪な環境に不満を募らせて暴動が起きる事例が報告されている。この点の問題は、今日本でも直面している問題だ。不法移民の増加に伴い貧困や犯罪が、比例して増える。正式な手続きを経ない不法移民は、就職難や住居不定に陥る傾向にあり、危険な状態に陥りやすく、人身売買や非正規雇用、虐待の対象となるリスクが高まっている。移民との社会統合の難しさが、世界中での課題だ。異なる言語や文化、宗教を持つ人々が共生する社会の中で、文化的な価値観の違いから対立が生まれる背景があり、社会統合が困難になり、これがどの国においても社会課題として直面している。不法滞在者の増加は、移民政策への反対意見が増加し、社会の分断を招く要因となっている。移民達の人権侵害と搾取によって、彼等は弱い立場に置かれやすく、劣悪な雇用条件や低い賃金での労働を強いられる傾向にあり、搾取されやすい状況にある。これら多くの問題に対して、移民の受け入れが経済的にプラスに働く側面と表裏一体であり、移民政策はしばしば政治的争点となっている。メキシコ人移民の場合(※7)、不法移民を含む歴史的な背景、経済的な要因、アメリカの移民政策、そしてメキシコ自身の経済状況など複数の要因が複雑に絡み合っており、一概に、メキシコからの移民が悪とは決め付けられない。ただ、1970年代以降の経済的な要因が移民数を増加させた背景があり、リーマンショックやメキシコ国内の経済状況の変化も移民の増減に影響を与えている。近年、不法入国者増加に対するアメリカ政府の規制強化や、移民の増加を食い止めようとするメキシコ政府の政策も進められているが、これが効果的に働いているとはまだ言えない。また、アメリカのメキシコ国境には、不法移民の流入を防ぐための「壁」(※8)が存在する。特に、トランプ前大統領の看板政策だったが、トランプ政権二期目の今も建設は続いている。前大統領のバイデン政権の時もまた、引き続きトランプ政権時代の資金を活用し、新たな壁の建設を承認した。メキシコからの不法移民の取り締まりが、今も強化されている背景がある。これは、メキシコからの移民の増加や、移民問題がアメリカ国内で無視できない課題となっている。また、アメリカ国内におけるメキシコ人移民(※9)の日常は、移住先、目的、個人の状況によって様々だが、一般的には生活費の安さや気候の良さを求めて移住する人々がいる一方、より良い生活を求めて経済的、社会的な理由で移住する人々もいる。文化的な側面においては、朗らかで、フレンドリーな気質やパーティー好きな国民性を持ち、結果的に陽気な生活を送る人々がいると考えられるが、それは個人の多様性や境遇によって大きく異なるので、一概に全メキシコ人が陽気とは限らない。メキシコ人の移住の主な理由は、生活費の安さ、暮らしやすい気候と国の美しさに憧れる傾向がある。また、より良い生活を求め、メキシコの政情不安にうんざりしているメキシコ人も大勢いる。一方で、メキシコ人以外の、特に中南米の人々が、アメリカへの入国手段として、メキシコを利用する移民もいる。メキシコ北部の街マタモロス市(※10)では、約2500人の移民が米国での安全を求め、仮設キャンプで暮らしているが、彼らの難民キャンプ生活は平坦ではなく、非常に厳しい状況が続いている事実を、私達は知る必要がある。

今年1月に報道されたニュース(上部の画像)では、「メキシコのシェインバウム大統領は29日、1月のトランプ政権発足以降、米国から強制送還された移民約3万9000人を受け入れ、このうち3万3000人がメキシコ人だったと明らかにした。トランプ氏による国境取り締まりを開始してから、中南米全域の移民が米国行きを諦めて帰国しており、送還も減っているという。」(※11)と速報された。現在、メキシコ人移民への風当たりが厳しくなっているアメリカ社会において、アメリカン・ドリームを夢見る事が非常に難しくなっているのだろう。映画『ラ・コシーナ 厨房』を制作したアロンソ・ルイスパラシオス監督は、あるインタビューにて本作の○○について聞かれ、こう答えている。

ルイスパラシオス監督:「最初のステップは、原文を完全に理解することでした。上演にあたり、原作は別の作家によるものだったので、私の仕事はそれを解釈することでした。その過程では、ウェスカーという人物を知り、彼の発想の源泉や、彼が何を伝えようとしていたのかを理解することが必要でした。リサーチを進める中で、パリの厨房で働いた経験について書かれた彼の日記の抜粋を見つけました。ある記述にはこうありました。「私はあそこから来た。肉体的にも、そして何よりも精神的にも打ちのめされている。もし誰かがロマンチックな夜を過ごすために、他人の労力と魂を犠牲にしなければならないのなら、そんなのは無駄だ。レストランは全部閉めよう」。この考えが、ジョージ・オーウェルの著書『パリとロンドンで破産』へと私を導きました。これは彼がパリで皿洗いとして働いた回想録です。オーウェルにとっては1930年代、ウェスカーにとっては1950年代の彼の経験は、私が2000年にロンドンのレインフォレスト・カフェで体験したものと非常に似ており、それは変わっていません。彼の資本主義批判に非常に興味を持っていたので、ソローにたどり着きました。舞台をロンドンからニューヨークに移した際、物語の軸となるアメリカの思想家を描きたかったので、ソローはまさにうってつけでした。彼は1850年代という早い段階で、抑制されない資本主義の危険性について書き、それが夢や人間関係の場をいかに破壊しうるかを警告していました。これは私が脚本のかなり早い段階で取り入れた要素でした。」(※12)と話す。多くの先進国で資本主義が採用されており、個人の生活が保証される社会を目指しているが、果たして、どの国でも資本主義が機能しているだろうか?富を得られるのは一部の人間のみで、その大半が貧困に喘いでいる。社会的経済的格差の溝は深まるばかりで、個人の純利益で安定して暮らせる社会はどこの国にもない。だから、朝から晩まで、ニューヨークのレストランで働くメキシコ人移民。彼らの姿は、世界中の人々の縮図に過ぎず、世界中の人々は自身の安定を求めて必死に働き、安心できる暮らしを夢見ている。

最後に、映画『ラ・コシーナ 厨房』は、スタッフの多くが移民で構成されたニューヨークの観光客向け大型レストランで織り成される人間関係と先進的なニューヨークの街とアメリカン・ドリームを求めて滞在する移民たちの姿をユーモラスかつ痛烈に描いたドラマだが、スタイリッシュに表現したモノクロ映像を通して、私達は今も昔も人々の暮らしは変わらないと実感させられるだろう。モノクロ映像はオシャレな演出ではあるが、それだけでなく、映像を通して過去に生きた人々の姿を現代に甦らせる手法と捉えても良い。100年前のメキシコ人移民も現代のメキシコ人移民も、日々の想いは変わらない。安定した人生を求めて、毎日を必死に生きている。1月のトランプ政権発足後におけるメキシコ人移民の状況は一変しつつあるが、誰もが安心して夢を見れる社会であって欲しいと願うばかりだ。

映画『ラ・コシーナ 厨房』は現在、公開中。
(※1)ニューヨークの飲食店で銃撃事件、3人死亡 ギャングの抗争かhttps://www.sankei.com/article/20250818-GWMNGHVSGJPU5LIAHOH6CYE4MQ/(2025年8月25日)
(※2)4億5000万円相当被害も NYレストラン客強盗犯逮捕https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000231770.html?display=full(2025年8月25日)
(※3)Manhattan restaurant owner, parents, sister busted on embezzlement chargeshttps://www.nydailynews.com/2021/05/12/manhattan-restaurant-owner-parents-sister-busted-on-embezzlement-charges/(2025年8月26日)
(※4)NYのレストラン、常連だった性犯罪被告らのテーブルを焼却https://www.cnn.co.jp/usa/35157001.html(2025年8月26日)
(※5)移民国家アメリカと都市 ―ニューヨーク市を中心とした実地調査―https://seinan-kokubun.jp/wp-content/uploads/2021/03/mutou.pdf(2025年8月26日)
(※6)移民とは?どのような問題があり、どのような政策が行われているの?https://gooddo.jp/magazine/inequality/immigration/(2025年8月27日)
(※7)不法移民対策-何がメキシコに求められるのか-https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/1222829_10674.html#:~:text=2015%E5%B9%B4%E6%99%82%E7%82%B9%E3%81%A7%E3%80%81%E5%85%A8,%E3%81%AA%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A0%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%88%E3%82%8B%E3%80%82(2025年8月27日)
(※9)メキシコの移民:どこから来たのだろうかhttps://www.familysearch.org/ja/blog/immigrants-mexico-ja#:~:text=%E4%BA%BA%E3%80%85%E3%81%8C%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3%E3%81%AB%E7%A7%BB%E4%BD%8F,%E3%81%8F%E3%82%8B%E4%BA%BA%E3%82%82%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82(2025年8月27日)
(※10)安全な暮らしはいつ訪れる? メキシコ国境の町 アメリカの政策に翻弄される移民https://www.msf.or.jp/news/detail/headline/mex20230313mi.html(2025年8月27日)
(※11)メキシコ、3.9万人の送還受け入れ トランプ政権発足後に総数減少https://jp.reuters.com/world/us/RR6ZDCQ3SFKW3BLU3YEUKMAGEQ-2025-04-30/(2025年8月27日)
(※12)“Me interesa que mis historias tengan resonancia con el lugar donde vivo.” Entrevista a Alonso Ruizpalacioshttps://letraslibres.com/entrevistas/ximena-hiriart-entrevista-alonso-ruizpalacios-la-cocina/(2025年8月27日)