1日を通して揺れ動く少女の心を瑞々しく描いた映画『夏の終わりに願うこと』
もうすぐ、今年も夏が終わろうとしている。夏から秋に季節が移り変わろうとするこの季節、子ども達の心も夏休みの経験と共に一つまた成長する。夏休みが終わり、新しい学期を迎える今、子ども達は新しい自分自身と出会う。一年に一度しか訪れない夏という季節は、私達に特別な感情を与えてくれる。夏のたった一日の経験が、これから何十年と幾重にも続く積み重ねられた人生の日々の糧となる。世界中のどの子どもにも平等に訪れる夏の日々の思い出は、朧気ながらも、大人となる人生の階段の中でもキラキラと輝き続ける。おばあちゃんの家を訪ねた事、海辺で夕刻まで遊び続けた事、友人と夜遅くまで同じ時間を共有した事、その一つ一つの些細な出来事と思い出が、大人となった私達の心の中にいつまでも残り続ける。あの日、あの時、あの場所で、一年に一度しか経験し得ない夏の日々の出来事こそ、後の人生を左右する選択肢として大きく作用する。今の私がいるのは、あの日の自分が生きて来たからこその証だ。夏が来たかと思えば、すぐに去って行く。その過ぎ去りし時の中で、私達は大切な何かを手にする。それは、家族を想う心。それは、友を想う心。それは、日々の糧を見つけようとする自身の心かもしれない。ひと夏の経験を通して、子ども達は必ず成長する。一年前の自分自身から一つ殻を破って、大人の世界、社会の摂理、人生のあれこれを肌で勉強する。映画『夏の終わりに願うこと』は、ある夏の1日。7歳の少女ソルは大好きな父トナの誕生日パーティに参加するため、母と一緒に祖父の家を訪れる。病気で療養中の父と久々に会えることを無邪気に喜ぶソルだったが、身体を休めていることを理由になかなか会わせてもらえない。従姉妹たちと遊びまわることも、大人たちの話し合いに加わることもできず、いらだちや不安を募らせていく。夏の一日が、永遠であると感じていた幼き頃の記憶。遠い過去と遠い記憶は、どれだけ振り返っても、遠いままだ。永遠に続くと信じていた幼少の頃の体験は、ほんの一瞬にして泡となって空中に浮遊する。何かが弾けると同時に、私達は大切な何かを忘れて大人へと成長してしまう。少しずつでもいいから、それを拾い上げ、大切に木箱の中にある白いガーゼの上でそっと優しく寝かし付ける。私達が大人になる階段を登りながら、幼き頃の感情を忘れてしまうように、いずれ今の子ども達も幼き頃に感じた感情を忘れてしまう。だからこそ、その時感じた気持ちを心の奥底にそっとしまって、成長して欲しいと願うばかりだ。
本作は、メキシコで過ごす子ども達の夏を舞台にしている作品ではあるが、日本から遠く離れたメキシコの夏とは、一体どのようなものなのか?また、メキシコ人の子ども達はどのように夏を過ごしているのか、気になるところだ。メキシコの小学校にも夏休みが、設けられている。公立と私立では教育体系が違うと言われているが、夏季休業は、7月1日から8月17日(およその目安)。冬季休業は、12月18日から1月2、3日頃の2週間。春季休業は、3月に2週間あるのが、一般的だ。ただメキシコ国内における教育機関の成績評価は非常に厳しく、落第は小学校からあるそうだ。メキシコの夏休みは、日本の7月下旬から9月までの1ヶ月。その後、9月から新学期が始まる夏休み期間とは少し違い、少し早めに始まるのが特徴的だろう。その上、通常メキシコの学校では、夏休みの宿題はない。しかしメキシコにもアメリカのようにサマーキャンプ、サマースクール(Curso de Verano)があり、それに入会する子供が多くいる。幼稚園生から中学生向けまで様々なサマースクールがある。また、大人達は休みを取って友達や家族と国内のビーチなどに旅行する人もいる。特にメキシコシティの人はアカプルコ、プエブラの人はベラクルスなど比較的近い海に行くことが多いよう。その他にはグアダラハラからプエルト・バジャルタ、オアハカからウアトゥルコ、シナロアからマサトラン、ゲレロからイスタパなど大きなビーチが各地域にある(※1)。と、メキシコの大人と子どもの夏の過ごし方は、アメリカや日本と似ているところがあるだろう。大人や子ども関係なく、近年のメキシコ人は、El Rollo(エル・ロジョ)と呼ばれる規模の大きいウォーターパーク。Six Flags Mexico(シックス・フラッグス・メキシコ)と呼ばれる巨大テーマパーク。Guelaguetza(ゲラゲッツァ)と呼ばれるオアハカ州で行われる夏のお祭りで、メキシコ最大級のフェスティバルの一つとも言われているお祭りに足を運ぶ。その季節を彩るお祭りや規模の大きい商業施設で夏を過ごす事が一般化されている。メキシコの夏は、約93日と16時間続き、今年2024年9月22日に終わりを告げ、秋に相当する次の季節が到来する。ちょうど、今日の9月7日(土)の今頃は、メキシコはまだ夏の季節だ。また、メキシコの夏の季節は「セマナ・サンタ」(聖週間)や「ディア・デ・ロス・ムエルトス」(死者の日)など、夏に特に重要な祝日がある。これらの祝日は、家族や友人と一緒に過ごす事が重要視され、伝統的な料理や音楽を楽しむ事が一般的。つまり、メキシコ人にとっての「夏」とは、家族や友人との絆を深める大切な時期であり、伝統や文化を楽しむ機会でもある。ここで、現地のメキシコ人に直接、「夏」について話を伺った。ある一般男性は、メキシコにおけるメキシコ人が持つ「夏」のイメージについて、話してくれている。
Masculino:“El verano también es tiempo de estar más en familia, es cuando más oportunidad de viajar con ellos, y disfrutar de piscinas o helados. Nuestra época para profundizar nuestros lazos por excelencia es el Invierno pero el verano nos da la oportunidad de estar relajados y hacer más actividades en familia al aire libre.También durante el verano tenemos nuestra fecha más importante: nuestro día de independencia.Y es cuando nos sentimos más mexicanos que nunca.Nuestra familia es muy importante pero sobretodo nuestras mamás, cuando llega el 10 de mayo que es el día de las madres todos salen a celebrar a su mamá. Eso es maravilloso! Algo que es curioso es que en México puedes hablar de cualquier familiar pero hablar de la madre es sagrado, dicen que somos un país de madres.”
男性:「夏は家族と一緒に過ごす時期でもあり、家族と一緒に旅行したり、プールやアイスクリームを楽しんだりする機会が最も多い時期です。私たちが絆を深める典型的な時期は冬ですが、夏はリラックスして家族で屋外活動をする機会が増えます。また、夏には独立記念日(※9月16日は「メキシコ独立記念日」。メキシコ人にとって、とても重要なこのお祭りは、メキシコ独立のきっかけとなった歴史的シーンを再現している)という最も重要な日があります。そしてそれは、私たちがこれまで以上にメキシコを感じる時です。私たちは家族がとても大切ですが、何より5月10日の母の日になると、みんなで母親のお祝いに出かけます。興味深いのは、メキシコでは誰にでも家族ついて話す事ができますが、母親について話すことは神聖な事なんです。」これが、メキシコ現地に住むメキシコ人からの生の声だ。彼らは、長期休暇を過ごす時、特に家族との絆や時間を大切にしている。メキシコには、そんな国民性が備わっているのかもしれない。日本にも家族や死んだ親族を迎え入れるお盆やお彼岸という時期もあるが、メキシコには映画『リメンバー・ミー』でも描かれた「死者の日」には、「Ofrenda(オフレンダ)」や「Altar(アルタール)」(※3)と呼ばれる死者を迎え入れる用の祭壇が用意される。非常に家族を大切にする国民性が、メキシコにはあるのだろう。
もう一点、記述する事があるとすれば、それは父と娘の関係性だろう。全国のひとり親世帯の数は、推計で142万世帯いると言われている。日本でのシングルファーザーの家庭は、母子世帯の123.2万に比べ、父子世帯が18.7万と少ない。ひとり親の7世帯に1世帯は、「父子家庭」(※4)という計算となる。ここに日本を除く、米国、英国、カナダ、アイルランド、デンマーク、ドイツ、フランス、スウェーデン、オランダといった先進各国での子どものいる世帯のうち母子・父子世帯(一人親世帯)の割合を産出したデータがある。片親となる主な原因は、離別、死別が最も多いが、結婚せずに子だけを産む関係性が生じることもある。常に世界各国で、離婚率は上昇し、結婚せず子どもを生む夫婦の存在も多くなって来ている。米国では、子供のいる世帯の3割近くが母子・父子世帯の家庭が多く目立つ。各国の非嫡出子割合が多くなっている為、割合は高くなっているので、これが、近年の母子・父子世帯比率の上昇が、大きな要因となっているとも考えられる(※5)。また2022年7月18日にマリア・フェルナンダ・トーレス・モンタニェス氏が、メキシコにおける家族構成とその構成が常に変化している背景について書いた著述がある。その著によれば、メキシコにおける世帯調査を2020年にイネギ(メキシコの国勢調査機関)(※6)が人口・住宅国勢調査を実施したところ、メキシコ領土の各住宅の主要な人口統計、社会経済的、文化的側面とそこに住む人口に関する情報を更新した。この演習から得られたデータにより、メキシコの家族構成の概算を構築することができる。この多様性を理解するために、本書では、世帯主とその家で同居している人々(夫婦、子供、他の親族、無関係の世帯など)を特定する事によって、様々な家族構成を説明するという課題に取り組んだ。同行者、さらにはカップルの性別と婚姻状況も含まれる。国勢調査のサンプルによると、2020年にメキシコには 3,490万戸の居住民家があったと報告されている。全国レベルでは、世帯の64.7%が夫婦の状況にある成人で構成されており、12% の世帯主が非婚姻状況にある他の成人と同居している。この他、一人暮らしの人がいる世帯は12.2%となっている。最後に、ひとり親世帯、つまり大人が子どもと二人で暮らす世帯は11.1%である。一人暮らしの世帯のうち、6割が男性のみ。ひとり親世帯については、10世帯中8世帯が女性世帯主となっている。実際、異性愛者のカップルが世帯主である世帯に次いで最も一般的な家族のタイプは、子どもを持つ独身女性で構成されている家族です(全国でほぼ 10%)。ユカタン州、キンタナ・ロー州、バハ・カリフォルニア州、バハ・カリフォルニア・スル州のみで、異性愛者のカップルに次いで最も一般的な世帯は子どものいない独身男性である(※7)。近年のメキシコでも、家族の構成において変化がもたらされており、2人の親がいて、子どもがいて、家族みんなが揃っているという理想は、とうの昔に崩壊した。両親が揃っている家庭もあれば、父親か母親のそのどちらかが、片親世帯として一人で子どもを育てる環境が増えつつあり、その現象はメキシコに限った話ではなく、ここ日本でもアメリカでも、その状況はまったく同じなのかもしれない。父と娘の関係について考えた時、世間的に見て意外に父娘の関係は良好である。父親と娘の両者が良好な関係を築けている人が多いかと問われれば、調査結果によると、父親の事が好きか嫌いかを尋ねると、「好き」と答えた人が60.1%、「大好き」と答えた人が19.6%と、好意的な回答が約8割に上っている点に注目したい。男親が娘に本当の自分をさらけ出す事は、全く恥じる事ではない。弱い部分をさらけ出す事で父と子の関係が築かれ、父子間のコミュニケーションが改善する事がある。「父親が弱い部分を見せる事で、娘も自分の弱い部分を受け入れられるようになります。」と、心理学者、かつライフコーチでありながら父親でもあるサンティアゴ・トラボルシ氏は言う。「感情での結びつきこそが、父子間で、温かく思いやりにあふれた率直なコミュニケーションを生み出すのです。」父親であるあなたとの関係は、今後お子さんが人生で出会う他の男性との関係にも影響を与える。つまり同僚や友人、パートナーなど(※8)。父娘の親子としての良好な関係を築くには、父親が娘に対してどこまでオープンマインドでいられるかが、親子の関係性におけるカギとなっているのだろう。映画『夏の終わりに願うこと』を制作したリラ・アヴィレス監督は、本作が生まれたアイディアと子どもが経験する悲しみについて質問を受け、こう言及している。
Avilés:“Surgió hace un ratito. Yo fui mamá jovencita. Pasé por ese proceso de duelo: el papá de mi hija murió cuando ella era pequeñita. A raíz de eso, me interesó escribir esta historia, en la que obviamente hay una esencia muy cercana, pero también en la que cambié mucho, jugué mucho. Es la chulada de los procesos: empiezan muy cerquita y luego ya se van desprendiendo. Cuando uno es niño, tiene ese miedo a que las personas que son más cercanas para ti, los padres, se vayan. Hay algo ahí, como una arquitectura, a la que si le quitas la parte más primaria, se derrumba. Creo que hay un miedo que está, pero lo que es muy lindo de estos procesos es el cómo los habitas y cómo los vives. A veces te puedes sorprender por la resiliencia que podemos tener. La existencia trata sobre estos momentos de la vida cotidiana que son tan únicos y especiales, y a los que tenemos que dar luz.”(※9)
アヴィレス監督:「アイディアは、少し前に出てきました。私は、若い母親でした。私は、その悲しみの過程を過去に経験した事があるんです。娘の父親は、彼女が幼い頃に亡くなりました。その結果、私はこの物語を書く事に興味を持ちました。この物語には明らかに、私の体験に非常に近い本質がありますが、私自身も大きく変化し、たくさん学びました。プロセスの素晴らしい点は、プロセスが非常に接近して始まり、その後、離れ始める事にあります。あなたが子どもの頃、あなたは自分に最も近い人々、つまり両親が去ってしまうのではないかという恐怖を抱いていた事でしょう。そこには建築のように、最も主要な部分を取り去ってしまい、建物(家族の関係)が崩壊してしまう何かがある。恐怖は存在すると思いますが、これらのプロセスの非常に美しい点は、あなたがどのようにそこ(親の元)に住み、どのように生きるかという事です。私たちの回復力に驚かれることもあります。存在とは、とてもユニークで特別な日常生活の瞬間であり、私たちはそれに光を与えなければなりません。」と、話す。この物語は非常にパーソナルな問題を孕んでいると同時に、私達が幼少期に抱えていた親への恐怖心を具現化した作品であるが、親や家族を非常に大切にするメキシコ人にとって、家族間の問題やトラブル、厄介事は家族自身のアイデンティティを揺るがす大事件なのだろう。
最後に、映画『夏の終わりに願うこと』は、ある夏の1日。7歳の少女ソルは大好きな父トナの誕生日パーティに参加するため、母と一緒に祖父の家を訪れる。病気で療養中の父と久々に会えることを無邪気に喜ぶソルだったが、身体を休めていることを理由になかなか会わせてもらえない。従姉妹たちと遊びまわることも、大人たちの話し合いに加わることもできず、いらだちや不安を募らせていく物語だが、ここには言葉では語られない父と子の深い関係性と愛情が作中に横たわっているようでもある。原題「Tótem」には、「未開社会で家族や氏族の成員と特別の親縁関係にあると見なされる自然現象・自然物」とあるように、家族の意味を含んだものを孕んでおり、伝統工芸品であるトーテムポールにも由来する言葉であると考えると、この言葉には「家族」の何か目には見えない深い結び付きと絆を表現したタイトルを作品にマッチングさせていると考えたい。一言で言えば、これは「家族の物語」と言ってしまえば、日本人からすれば「あぁ、良くある家族の話だよねぇ」と少し淡白に感じる側面もあるかもしれないが、現地のメキシコ人も話すように、メキシコは家族をとても大切にする国としての背景もあり、彼らの並々ならぬ親や家族への強い想いを肌で感じ、私たち日本人も彼らのその想いを受け取りたい。メキシコも日本も、もうすぐ夏が終わろうとしている。季節の変わり目でもあるが、もし夏の終わりに何かを願えるとしたら、あなたは何を願いたいですか?私は少しばかり、親の健康と家族への感謝の気持ちを、本作を通して今年の夏の終わりに願いたいとほんの少し思わされた。
映画『夏の終わりに願うこと』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)メキシコの夏休み。子供から大人までの楽しみ方やおすすめスポットを徹底解説!https://amiga-mexico.me/articles/1038#:~:text=%E9%80%9A%E5%B8%B8%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3%E3%81%AE%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%81%A7%E3%81%AF,%E3%81%AA%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2024年9月5日)
(※2)メキシコ人に学ぶ、アボカドのある 楽しい食卓「メキシコ独立記念日」https://avocadosfrommexico.jp/avocados-column/independence(2024年9月6日)
(※3)メキシコの大切な日「死者の日」(Dia de muertos)https://tesoro-online.com/blog/topics_dia-de-muertos/(2024年9月6日)
(※4)【父子家庭】可視化されづらい「シングルファザー」の実態https://journal.ridilover.jp/topics/d043fc443632(2024年9月6日)
(※5)図録▽母子・父子世帯比率の国際比較https://honkawa2.sakura.ne.jp/1530.html(2024年9月7日)
(※6)Acerca del INEGIhttps://www.inegi.org.mx/inegi/acercade.html(2024年9月7日)
(※7)Diversidad familiar: ¿qué sabemos de la composición de los hogares en México?https://animalpolitico.com/analisis/organizaciones/blog-de-intersecta/diversidad-familiar-que-sabemos-de-los-hogares-en-mexico(2024年9月7日)
(※8)父と娘の間でよい関係を築くにはhttps://www.dove.com/jp/dove-self-esteem-project/help-for-parents/family-friends-and-relationships/how-to-have-a-great-father-daughter-relationship.html(2024年9月7日)
(※9)Entrevista a Lila Avilés, directora de Tótemhttps://www.elantepenultimomohicano.com/2024/03/lila-aviles.html?m=1(2024年9月7日)