映画『ティル』平和に食事ができる日が

映画『ティル』平和に食事ができる日が

2023年11月16日

これは、真実の物語。映画『ティル』

©2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.

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「私には夢がある。いつの日か、あらゆる谷が高められ、あらゆる丘と山は低くめられ、でこぼこした場所は平らになられ、曲がった道がまっすぐにされ、そして神の栄光が啓示され、生きとし生けるものがその栄光を共に見ることになるという夢だ。いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての英雄の息子たちとかつての英雄たちの息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢だ。」(※1)

これは、1963年8月28日、ワシントンD.C.にて、アフリカ系アメリカ人が中心になって、公民権運動のために行ったワシントン大行進の際、その時のデモの中心人物にして、アメリカ公民権運動の最重要人物であるマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が、行進後の演説の中で語った言葉の一説だ。この言説には、キング牧師自身が強く願った人種差別撤廃に向けての熱い想いが込められている。誰もが平等に扱われ、誰もが同じテーブルで食事を摂る夢。70年経った今年、2023年はこのキング牧師の願いは叶えられていると言えるだろうか?いや、世界にはまだ、残念ながら、差別が存在すると言える。アメリカでは、黒人差別だけでなく、アジア人への差別やユダヤ人への差別、メキシコ人への差別(※2)が数多く確認されている。そして、その偏見や憎悪は大きな事件にまで発展し、現代のアメリカの銃社会における問題(※3)にもなっている。映画『ティル』は、現代の話ではない。今から68年前の1955年8月28日に遡る。この日は、黒人少年エメット・ティルが、残虐な方法で惨殺された日だ。一体、この少年が殺されるほど、何をしたと言うのか?一体、誰から恨みを買われたのか?それは、今の時代にも起きている人種差別が、大きな鍵を占めている。それでも、ティル少年がアメリカ南部のミシシッピ州で定められた暗黙の了解の一線を越えてしまった事実は、肯定できない。当時、黒人は白人に対して、同等の振る舞いはできなかった時代背景がある。それが、アメリカ南部の掟であり、ミシシッピ州における不文律でもある。恐らくではあるが、エメット・ティルは、この暗黙の了解を知らなかった可能性がある。もしかしたら知っていたかもしれないが、若気の至りが彼を一線を越えさせた可能性がある。彼は、南部の田舎とは程遠い、北部の大都会イリノイ州シカゴに住む少年だった。この地域差も、事件における大きな要因の一つだったに違いない。どちらにせよ、14歳の黒人少年は、ストアで働く白人女性に対し、口笛を吹き、色目を使って、ナンパをしたのだろう。でも、この時の行動が彼にとって仇となる。怒った白人女性の親族達が、数夜後、エメット少年を見つけ拉致して、一晩中、納屋の中で拷問を与える。息絶え肥大化した少年の身体を切断し、まるでゴミかのように、近くの川に投げ捨てている。世論は、子どもを亡くしたエメットの母親を支援しつつ、黒人少年を殺した白人達は法の裁きの元、裁判にかけられても、出来レースかのように無罪放免。何の罪にも問われることなく、釈放されている。この映画において、非常に印象深く記憶に残っている場面がある。それは、作品の冒頭で、エメット・ティルが複数の白人達に連れ去られるシーンだ。アメリカ南部における黒人の立場は、白人よりも低いはずだが、この場面では黒人達(恐らく、エメットの親戚達)は白人達(白人女性の親族)と同等の立場で話している。同じ立場でエメットの連れ去りを阻止しようとしたが、それでも事件は起きてしまった。そこには、誰も止められなかったであろう白人達の強い怒りが滲んでいたに違いない。このエメット・ティル殺人事件は、当時の社会世相に大きな影を落とした。この事件がきっかけで、60年代に全米で起きた壮大な公民権運動の波の発端と言われている。アメリカのフォークシンガーで有名なシンガーソングライターのボブ・ディランは、エメット・ティルの暴行殺人事件に胸を痛め、彼は少年のために唄を歌っている。こちらが、この曲だ。

ボブ・ディランの楽曲「The Death Of Emmett Till」は、日本では比較的知名度は低いが、アーティストとして彼がこの事件から影響を与えられのも伺えるし、この楽曲が1962年にリリースされているが、公民権運動の熱が高まった60年代に生きた人々にも大きな影響を与え合ったのだろう。

“If you can’t speak out against this kind of thing, a crime that’s so unjust,Your eyes are filled with dead men’s dirt, your mind is filled with dust.”

「このような不当な犯罪に対して声を上げることができないのであれば、あなたの目は死人の汚れで満たされ、 あなたの心は塵で満たされています。」

“But if all of us folks that thinks alike, if we gave all we could give, We could make this great land of ours a greater place to live.”

「でももし私たち全員が同じように考えるなら、私たちができるすべてを捧げたなら、私たちはこの素晴らしい土地をより住みやすい場所にすることができるでしょう。」

ここにボブ・ディランの楽曲「The Death Of Emmett Till」の歌詞の一部を抜粋するが、事件のあらましや裁判の顛末を一部始終、目の当たりにして、彼はその怒りを曲に込めている。そして、平和的な未来を歌を通して訴えている。それでも、未来は、時代は、アメリカ社会は変わらなかった。変わろうとしなかった。

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エメット・ティル暴行殺人事件以来、アメリカ社会は黒人差別に対して、何か変化をもたらしたと言うのだろうか?少年の死は、一度も教訓として役立てられていないと、過去を振り返っても言い切れる。たとえば、1990年代に起きたロドニー・キング事件ならびに、ロス暴動を覚えているだろうか?そして、2009年元旦に起きた警察によるオスカー・グラント三世射殺事件(※4)を覚えているだろうか?これは、映画『フルートベール駅で』で映像化されている。10年以上経った今でも、実際の映像もしっかり残っている。大なり小なり、同じような事件は毎日、どこかで起きている。

Court releases dramatic video of BART shooting

そして、2020年に起きたまた同じ警察官によるジョージ・フロイド殺害事件(※5)は、世界中に衝撃を与えて、BLM(ブラック・ライブズ・マター)運動が巻き起こった。この事件では、警察に肩を持つ意見も散見された。たとえば、店舗でニセ札を使用しようとしたフロイド氏が通報され、警察官が連行しようとしたら激しく暴れて拒否したため厳しく拘束した流れがあり、この悪人への対応は間違っていないと。確かに、拘束する必要があったのかもしれないが、必要以上の拘束が本当に必要だったのか?元警官のデレク・ショーヴィン(※6)の対応が適切だったのか、既に裁判で決着が付き、実刑22年半という同類事件においては歴史的な判決が出た。アメリカにおける複雑な差別の構図(※7)は、白人と黒人、警察官と一般市民だけではなく、より複雑な一途を辿っている事を知っておきたい。それでも日本人は、この事件では警察官への正当性を支持している風潮がある。殺害された黒人が悪党だったから、職務質問中に暴れて拒否反応を示したから、だから過剰な拘束をしていて、警察官は悪くない、正しい対応で、これは差別にも値しないという意見が、報道当時から囁かれている。言いたい事は理解できるが、では元警官のデレク・ショーヴィンが9分以上に渡り過剰な拘束を行った事、ここが争点ではないだろうか?過剰拘束する必要がなかった事実を蔑ろにして、亡くなった人に対して過剰な批判をするのは非常に差別的ではないだろうか?

【字幕付】ジョージ・フロイド事件 警官ボディカメラ タイトル検索して下さい

確かに、アメリカの犯罪現場は熾烈だ。以下の動画を確認してもらえれば解るが、拳銃は手放せない。撃つか撃たれるか。逮捕する前に、殺される可能性もあり。日本もアメリカも、犯罪現場は死と隣り合わせの現場だ。それでも、上段で紹介した動画での最初に拳銃を丸腰の市民に向ける警察官の行動や対応は、正しいと言えるのだろうか?

【特集】寝室でまさかの銃撃戦…警察カメラ捉えた凶悪事件 タイトル検索して下さい

ジョージ・フロイドの弟は、演説で民主的な解決を訴えた。暴言や暴力、暴行、強盗で被害や悲しみ、怒りを訴えるのではなく、よりもっと民主的な、安全で平和な方法、選挙への投票で自身の訴えを示そうと。この訴求や約束が必ず、堅持される日が訪れる事を願わざるを得ない。

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それでは、日本ではどうだろうか?日本には、ほとんど差別がないと言い切れるだろうか?今の時代にも、女性の人権問題、子どもの人権問題、高齢者の人権問題、障がい者の人権問題、HIV感染者などの人権問題、同和問題、アイヌ民族の人権問題、外国人の人権問題など、未だに残っている。同和問題やアイヌ民族の人権問題は時代と共に差別意識が薄れつつあるが、女性の人権問題、子どもの人権問題、高齢者の人権問題、障がい者の人権問題、HIV感染者などの人権問題や外国人の人権問題が未だ差別や偏見として令和の時代にも認識として残っている。特に、障がい者の人権問題や外国人の人権問題が酷く感じ、今後、改善して行かなければならない問題であるのは明白だ。障がい者に関する人権問題で言えば、映画『月』でも取り上げられたように、2017年に起きた障害者支援施設やまゆり園殺傷事件が記憶に新しいが、施設内で行われている障害者への暴力(※9)は、今でもずっと全国で行われている。それは、施設という死角に守られて、なかなか表に表出できない問題であると再認識が必要だ。ただ、障害者側が施設職員に暴力を振るうケース(※10)もあり、職員にもまた人権があると考える必要があり、一筋縄では解決できない問題が孕んでいるのも事実だ。また、何度も過去の作品レビューでも取り上げているが、今年話題になった障害者当事者を苦しめた法律、旧優生保護法(※)に関する裁判やニュースにおいて、世間の一部の日本人であると願いたいが、正義感振って見当違いの持論や正論をネットに書き込む人間を散見された。たとえば、「ヤングケアラーを増やすことに…」「介護業界への負担が…」「介護を要する子どもを産むだけで、産まれた子どもが可哀想だ」なて、言いたい事は非常に理解できるが、これをネットに書き込むと正論ではなく、暴論になってしまう。まず、一呼吸置いて、相手の事を考えて欲しい。彼ら障害者の方は、誰もが与えられる普通の人としての感情を奪われている。たとえば、子どもを産む幸せ、妊娠知る喜び、産みの痛み、死産の悲しみ、療育の大変さ、誰もがどんな人でも与えられる通常の感情や経験を、障害者の方々は本人の同意なく奪われる現実。批判的な方は、他者の幸せを自身の幸せのように想像した事はありますか?当たり前のように、誰もが持てる権利を突然説明もなく奪われる悲しみを想像できますか?想像できないのであれば、それこそが差別意識の根底にある問題だろう。映画『ティル』を制作したナイジェリア産まれ、アラスカ育ちのシノニエ・チュクウ監督は、アメリカ史における黒人差別の問題について、このエメット・ティル事件が、アメリカ人にとって如何に重要で、大切か話す。

Chukwu:“I mean, when you’re a Black person who grew up in America, I think that a lot of us are acutely aware of at least the name Emmett Till, you know? And we kind of know, in broad strokes, what happened. I don’t know exactly when, but it’s something that I’ve always known about. But it was a footnote in history classes, you know? And I definitely didn’t know much about who Mamie Till-Mobley was as a person and her journey after Emmett’s lynching. And so I was really excited to learn more about her and all of the people who were a part of her story and showing that in a multidimensional, complex way on screen.”(※12)

チュクウ監督:「つまり、アメリカで育った黒人なら、私たちの多くは少なくともエメット・ティルという名前をはっきりと認識していると思います。そして、私たちは何が起こったのかを大まかに知っています。正確にいつからかは分かりませんが、それは私がずっと知っていたことです。でも、それは歴史の授業の脚注でしたね。そして、私はメイミー・ティル=モブリーという人物がどんな人なのか、そしてエメットのリンチ後の彼女の旅路についてはまったく知りませんでした。それで、彼女と彼女の物語に関わったすべての人々についてもっと知り、それを多次元的かつ複雑な方法でスクリーン上で見せることに本当に興奮しました。」エメット・ティル暴行殺人事件は、アメリカの黒人差別における歴史の中では風化させてはいけない、最重要事案として、今でも語り継がれている事が窺い知れる。

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さらに、アメリカにも日本にも根強く差別は残っている。これは、不動の事実であり、私達はそれに背中を向けるのではなく、蓋をするのではなく、真剣に向き合う姿勢を持つ必要がある。ローカルな記事ではあるものの、近頃ニュースで外国人と日本人に関するトラブル(※13)が報道されたが、そもそも報道内容や見出しが悪意があると感じるのは私だけだろうか?内容は、以下引用元を参考にして欲しいが、このニュースを受け、旧優生保護法の時と同じようにネットでは、半分は正論ではあるものの、間違った方向に日本人の意見が好き放題、言いたい放題、野放しの状態だ。他人の褌を借りて、匿名性の高い場所であるなら、自己の欲求を満たすために、好きに発言をしてもいいものなのか?もし文句があるのであれば、ネットに書き込むのではなく、当事者本人に直接、自身の考えを対面で伝えるべきだ。影でコソコソ悪口を言う習性が強い日本人だからこそ、ネットという世界は好都合の場所だろう。他者を言葉で平気で傷付け、発言した本人達は、遠くから傍観するだけ。正直、卑怯で、心の汚い日本人が増えていると言っても過言ではない。また、恐ろしいのは、その発言に対して8000人のGoodが付いている事だ。誠に残念ではあるが、日本人の多くがレイシズムな価値観を持っていると認識さぜるを得ない上、日本人はレイシスト集団であると言う他ない。これら上記の発言と数字を考慮すれば、多くの日本人が外国人に対して嫌悪感を抱いているのは理解できるが、その感情が分断や差別、怒りを産むことを忘れてはならない。

最後に、1963年8月28日にキング牧師が演説で話された夢について、アメリカは、日本は、世界は今の時代、叶えたと言えるだろうか?エメット・ティルの死が、無駄にはなっていないだろうか?世界中の人々が、同じテーブルに座り、食卓を囲み、平和に食事ができる日がいつか訪れる事を願うばかりだ。

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映画『ティル』は12月15日より全国の劇場にて公開予定。

(※1)国務省出版物アメリカの歴史と民主主義の基本文書https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/2368/(2023年11月13日)

(※2)メキシコにおける 人種差別の歴史とチヤパス 州 先住民武装蜂起の 背景 一 サ パティスタ国民解放軍の 出現一https://drive.google.com/file/d/1ltNseEiH8BYhckJkcKczI31TE-400CvG/view?usp=drivesdk(2023年11月15日)

(※3)米 ユダヤ教の礼拝所で銃乱射 11人死亡の事件で死刑判決https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230804/k10014152751000.html(2023年11月15日)

(※4)The Shooting of Oscar Granthttps://oscargrantfoundation.org/shooting-oscar-grant/(2023年11月16日)

(※5)拘束時死亡の9割が有色人種、米ミネソタ州の警察にはびこる差別体質が露呈 フロイドさん暴行死事件から2年でも改革進まずhttps://www.tokyo-np.co.jp/article/178786(2023年11月16日)

(※6)フロイドさん殺害で有罪の元警官、実刑22年半の判決https://www.bbc.com/japanese/57620351(2023年11月16日)

(※7)“なぜ傍観したのか?”フロイドさん事件 知られざる差別の構図https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210525/k10013048821000.html(2023年11月16日)

(※8)人や国の不平等をなくそう日本国内にある差別とは?SDGsと紐づけて見てみようhttps://gooddo.jp/magazine/sdgs_2030/reduced_inqualities_sdgs/9053/(2023年11月16日)

(※9)大阪の障害者施設で職員が暴行 1人骨折 複数人被害かhttps://www.sankei.com/article/20231019-LN5WXV7EVVPJZIXFJUWCTX23NA/(2023年11月16日)

(※10)障害施設の利用者が暴れ職員に怪我をさせたhttps://qa.okagesama.jp/risk-management/664(2023年11月16日)

(※11)旧優生保護法下において実施された優生手術等に関する全面的な被害回復の措置を求める決議https://www.nichibenren.or.jp/document/civil_liberties/year/2022/2022_3.html(2023年11月16日)

(※12)Director Chinonye Chukwu on ‘Till’ and the story of Emmett Till’s motherhttps://www.npr.org/2022/10/23/1130843171/director-chinonye-chukwu-on-till-and-the-story-of-emmett-tills-mother(2023年11月16日)

(※13)<独自>「神はあなたを殺す」 杉並区後援の交流イベントで外国人が区民に暴言
https://www.sankei.com/article/20231112-CMM6MYXDIFF7LD6U7K6ASHFPAY/(2023年11月16日)