着想はオゾン監督の幼少期の思い出。映画『秋が来るとき』


今、老後における「終活」という言葉が、世間でも頻繁に囁かれるようになった。およそ80年という長い人生の最終地点を迎え、人は自身の人生でやり残した最後の大仕事に立ち向かう。それが、死へと向かう老後における終活だ。家族との思い出の品々を整理し、子ども達が笑顔で写った写真を挟んだアルバムを束ね、不要となった物は無慈悲にも捨てて行く。時に、隠居生活を選び、大都市から片田舎に身を置く者もいる。最後に安らかに眠り旅立てるように、その時までに自身の身辺整理をし身軽になる事を選択する。あの世には、1円の小銭でさえ持って行けないから、元気に生きている間に目に見えている物をすべて整理する。それでも、死ぬまでに整理できないものがある。それは、自身の人生における家族間の秘密だ。もし心の整理ができるのであれば、死ぬ前に一度、自身の息子娘孫に話す事もできるだろうが、物とは性質が違うから、秘密を明かし整理するのは至難の業だろう。物語に登場するミシェルばあさんは、誰にも言えなかった秘密を抱えて生きて来た。それがある時、キノコ料理を介して、話さざるを得ない時が来る。映画『秋が来るとき』は、自然豊かなブルゴーニュを舞台に、人生の秋から冬を迎える老齢の女性のドラマを描く。ミシェルばあさんは、家族との最後の日々を過ごして、家族や自身の心に何を残すだろうか?

春夏秋冬、季節は巡る。人が一年ごとに歳を取るように、木の幹が年ごとに成長し年輪を増やすように、季節はじっくり私達を取り巻く環境の周りを周遊する。春から夏に、夏から秋に、そして秋から冬に。人の成長期に合わせれば、春から夏が幼少期、夏から秋は青年期だ。そして、秋から冬は人々の晩年を指すとすれば、枯葉が落ち、周囲の景色の色が変わり、雪が舞い散る季節は私達の人生の終焉を指す。パリで都会暮らしを満喫していたミシェルおばあちゃんは、ブルゴーニュの片田舎での隠居生活を選んで長い時が過ぎた。彼女にとって、ブルゴーニュでの生活は人生の最後の終着駅。終の住処として選んだ場所は、自身の人生の苦楽を総括する。目のシワが増え、体力が衰え、視力が低下し、それでも、前を向いて老後の最期を生きようとするその姿勢にリスペクトを感じて止まない。老人達の老後の問題は、彼らだけの問題ではなく、私達自身の今後の人生とも言える。他人事とは思わず、まずは自身の父親、母親の老後について、子ども達も一緒に考えなければいけないと思っている。老後の生活の選択肢は多岐にあり、大きく分けて4つの側面がある。住まい、生活スタイル、お金の準備、健康管理と、非常に現実的だ。家については、住み替え、リフォーム、同居・近居をまず考えたい。次に、生活のスタイル。趣味や旅行、社会活動への参加、また働く・働かないの選択も加わる。老後の資金の準備、健康維持も重要と考えられている(※1)。それでも、どれだけ老後の生活を気をつけていても、どれだけ健康管理を意識していても、胸に抱えた家族への秘密からは解放される事はない。人は、秘密を抱えて生きている。それは、性別関係なく、どんな年代の家族が他の家族に言えない秘密を抱えて生きている。老後における秘密には、何があるだろう?たとえば、老後の生活費に関する秘密、老後の過ごし方に関する秘密、または老後に隠したい事(※2)。人には、それぞれ秘め事がある。だからこそ、私達は一度、「家族とは何か?」と立ち止まる必要があるのかもしれない。秘密が秘密を呼び、その都度、家族の関係はバラバラに。そんな時にこそ、私達は家族の関係に対して結束する事が大切だ。

老後における母と子の関係は、私自身、親が初老で歳を重ねていても、少しだけ若い世代に入ると捉えている為、老後に差し掛かった老人の親の姿は、まだ想像もできない。けれど、孫の視点からであれば、祖母と母の関係性について、少しなら考える事ができるのかもしれない。この物語に登場する少年ルカの視点から、おばあちゃんとお母さんの2人の関係について。一番近くで見ている少年だから、どちらの気持ちも分かるのではないだろうか?私自身、祖母の気持ち、母の気持ち、引いては親戚のおばさんの気持ち(母の姉)、みんなの気持ちは分かりたいと思う。けれど、母が子どもの頃からの母親(祖母)との経験や感情は、何一つ分からない。それは、親子だけの関係の中にあり、孫の自分が介入できない遠くに感じる親子間の感情だ。私が幼少の頃は、祖母と母との間にちょっとした確執があったはず。それは、どの家庭、どの親子にも持っているものだ。親と子の確執は、親子の関係において深刻な対立や葛藤だ。多くの場合、コミュニケーションの不足や価値観の相違、過干渉や期待が膨らんだ結果、生じる(※3)。親と子の間に横たわる溝は、他人が思っている以上に、あまりにも深過ぎる。親子の確執を改善・修復するには、互いの気持ちを理解し、リスペクトし合うところから始まる。自身の親と祖母が意見の相違から仲違いをする姿を見るのは、心が落ち着かなくなる時がある。歳を重ねて、成人した今はさほど気にしなくなったものの、幼少期に感じた体験は今も忘れない。きっとミシェルおばあちゃんとお母さんの間に立たされた孫のルカ君は、2人の間で心を傷付けていたのだろう。直接、自身の親に想いを伝えられない分、誰にも気付かれずにひっそりと心の中で泣いているに違いない。私自身もまた、ルカ少年の姿が幼少期の頃の自身と重ねてしまう時がある。誰にも意見を言えず、ソワソワしながら、物言わぬように気を付けていた記憶が自身の身体の奥深くに今でも残っている。祖母と母のケンカ(※4)を目の前で見ていると心苦しく、悲しいものだ。きっと、少年は祖母と母の2人には、いつまでも仲良くして欲しいと陰ながら祈り続けていたに違いない。ベッドに潜って、神様にお願いする。「神様、どうかお願いします。明日は、おばあちゃんとお母さんがケンカしないように、仲良く1日を過ごして欲しい。」それが、孫としての自身の願いでもある。それでも今、囁かながらも小さな幸せを持っている。あんなに頻繁にケンカをしていた祖母と母が、今では笑って同じ時間を過ごしている事。私は、2人のそんな姿を見て、今一番安心している。どれだけ健康体で長生きしても、人生の最後の時間、幸せに家族と笑い合えない最期を過ごす事が一番寂しいと、いつか皆さんには、気づいて欲しい。祖母の残り少ない人生の時間を、どのように過ごさせるかは、私達の行動の中に委ねられている。映画『秋が来るとき』で主演を務めた女優のエレーヌ・バンサンは、あるインタビューにて本作に登場する母と娘の関係性について、こう話している。

バンサン:「私の娘との関係は、愛情の欠如と暴力に満ちています。本当に、本当に暴力的です。私が特に気に入ったのは、この登場人物の複雑さ、状況の変化によって生み出される複雑さです。」(※5)と話す。家族間や親子間における愛情の欠如は、ここ日本だけの問題ではなく、世界共通の課題なのだろう。私達人間は、常に愛情に飢えているにも関わらず、その愛情を表現するのも、与えるのも、与えられるのも、すべて苦手だ。どう愛を体で表現し、相手に伝えたらいいのか、いつも戸惑う生き物だ。愛情の欠如が起きている心の深い溝を埋めるには、どんな愛が必要なのか?

最後に、映画『秋が来るとき』は、自然豊かなブルゴーニュを舞台に、人生の秋から冬を迎える老齢の女性のドラマを描いているだけでなく、高齢親子の間に横たわる愛情の不足の悲しさについて語られている。近年、日本でも高齢同士の親子の悲しいニュースが、頻繁に起きている。親子ケンカ(※5)が原因で殺人事件が起きるケースは、大小の事件に関係なく、頻繁に起きている。子が親を殺したいと強く思う事(※7)は、よくある事と話す専門医もいる。それを実行に移してしまうのが大問題であって、誰もがかつて、親に対して鬱陶しさを抱いていた時期は必ずあったはず。その一方で、介護疲れ(※8)から親が子を、子が親を殺してしまう悲しい事件(※9)も起きている。また近年、問題視されている5080問題だ。親子が歳を重ねて、経済的問題や生活的問題を抱えて生き詰まった時、その先に待ち構えているのは親殺し、子殺しの悲しい現実だ。愛情の欠如だけが問題ではなく、法律や社会、国会や地方自治体のシステム改善など、外的な部分から社会的整備も必要となって来る。愛という存在は、気温が低くなると、心が詫びしくなると、欠落するものなのだろう。春から夏へ。夏から秋へ。そして、秋から冬へ。季節が順々に巡れば、必ず愛情は季節の移り変わりと共に欠落してしまう。それでも、私達は冬から春への越冬への希望を抱かずにいられない。温暖な気候が、私達の心を潤すように、冬から春への季節の変わり目が、愛情表現に対する変化を与えるだろう。

映画『秋が来るとき』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)老後の住まいの選択肢とは?25個の質問で住みかえるべきかを判定https://www.rehouse.co.jp/relifemode/home/senior/in_0001/(2025年6月19日)
(※3)高齢になった親との関係がこじれやすい3つの理由https://navi.lyxis.com/posts/5267(2025年6月19日)
(※4)「凶器のように…」母と祖母のケンカが衝撃的!一触即発!娘が仲裁に入ろうとするも!? #過干渉な母親 15https://baby-calendar.jp/smilenews/detail/37351(2025年6月19日)
(※5)Rencontre : Josiane Balasko et Hélène Vincent, « Quand vient l’automne »https://www.francetelevisions.fr/et-vous/avantages-fidelite/communaute-fans-de-culture/rencontre-josiane-balasko-et-helene-vincent-33814(2025年6月21日)
(※6)血まみれで倒れ…父親(64)が上半身など刺され死亡 “直前にけんか”息子(28)を逮捕 神戸市https://www.fnn.jp/articles/-/580822?display=full(2025年6月21日)
(※7)「親を殺したい」感情を抱くのは異常か…物の見方を変えれば少しは気は楽になるhttps://www.sankei.com/article/20160223-W4DVPVOWKFKNRAM7Q63BTXDNVI/(2025年6月21日)
(※8)将来を悲観…寝たきりの長男殺害した父 34年の介護生活の末に
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250310/k10014744991000.html(2025年6月21日)
(※9)障害のある44歳の息子殺害 78歳の父親に懲役5年求刑 千葉地裁https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250221/k10014729271000.html(2025年6月21日)